アッバース朝(つづき)

アッバース朝時代から少々はみ出るものもあるかもしれないが、イスラムの秀でた科学・学問などに係る人を列記してみよう。カッコ内はヨーロッパでの呼び名である。

  • アル・フィワーリズミー(アルゴリズム)数学・天文学、9世紀
  • アル・キンディー(アルキンドゥス)哲学、形而上学、論理学、9c
  • アル・ファルガーニー(アルフラガヌス)数理天文学、?~929
  • アル・ラーズィー(ラーゼス)医学、哲学、錬金術、864~925頃
  • アル・ファーラービー(アルファラビウス)哲学、政治学、870頃~950
  • イブン・アル・ハイサム(アルハーゼン)数学、965頃~1041年
  • イブン・シーナ(アヴィセンナ)哲学、医学、980~1037
  • アル・ガザリー(アルガゼル)哲学、神学、法学、1058~1111
  • イブン・バーッジャ(アヴェンバケ)哲学、音楽、詩、~1139
  • イブン・ズフル(アヴェンゾアル)医学、1092~1161年
  • イブン・ルシュド(アヴェロエス)哲学、医学、法学、1126~1198
  • アル・ビトルージー(アルベトラギウス)哲学、天文学、12世紀

中でも特に有名なのは太字赤字で示したイブン・シーナであろう。彼が著した『医学典範』は長い間ヨーロッパの医学生の教科書として重宝されたものである。ヨーロッパではアヴィセンナ(またはアヴィケンナ)として知られている。日本の高校生の世界史の教科書にも彼の名は出ているはずである。

前回も述べたが、当時のヨーロッパはイスラム世界に較べるとずいぶん遅れていたのである。身内を病気で亡くした青年が、医学を勉強しようとペルシアに行った物語が世界のベストセラーになり、その映画化されたものが2-3年前に日本でも公開されていた。青年はイブン・シーナの下で学ぶというストーリーであった。物語はフィクションなのであるが、イブン・シーナのもとでタブーとされていた人体解剖などを手掛ける場面もあり、イスラム世界の先進性を知るいい作品あった。

幾何学は古代ギリシアで始まり、インドではゼロの概念が発見された。イスラム世界では両者の文化を取り入れて、高度な代数学を生み出したという。その代数学を表現できる数字が「アラビア数字」であった。一段目は、我々の使う(西方)アラビア数字。2段目がアラブ諸国で使う(東方)アラビア数字。最後はペルシアで使うアラビア数字である。

0 1 2 3 4 5 6 7 8 9
٠ ١ ٢ ٣ ٤ ٥ ٦ ٧ ٨ ٩
۰ ۱ ۲ ۳ ۴ ۵ ۶ ۷ ۸ ۹

例えば10×10という計算を、アラビア数字を使えば左のように書けて計算できるが、ローマ数字ではゼロもないからできなかったという。数学や天文学が発達したことは、イスラムの礼拝の方角を知ることや、礼拝の時刻を知ることにも役立ったかもしれない。

イスラム世界が大きくなるにつれて、様々な社会問題や争いごともふえてきた。そのような状況から法の整備が必要であった。以前、イスラム世界における第一の法源はコーランであると説明したのであるが、このコーランの解釈のためにも法が必要であった。そして、シャーフィイー派、ハナフィー派、ハンバル派、マーリク派という四つの法学派が成立した(四大学派)が成立した。