イスラム世界の分裂

前々回に示したイスラム世界の歴史図は非常によくわかるように描かれていると称賛したのであるが、それでも実際の地図上ではどうなっていたのだろうか。それも知ってみたいと思うのではないだろうか。歴史図の場合は時代の縦の流れも見えたが、地図に表すとしたら、ある時代で平面的に表すことになる。そこで探してみた。講談社・後藤明著『イスラーム歴史物語』の121頁がそれである。

これは8世紀初めのイスラム世界である。この時代ではアッバース朝と後ウマイヤ朝の間の今のモロッコの辺りにイドリース、ルスタム、アグラブの3国が並んでいる。ここにあるルスタムについては歴史図にはなかったものであるが、実際にはあったハワーリジュ派の王朝である。それぞれの年代をあげると、ルスタム朝(777~909)、イドリース朝(789~926)アグラブ朝(800~909)ということである。ここではアッバース朝の東部では異変はおこっていない。そこで10世紀後半のイスラム世界が次図である。

アッバース朝の全盛期を築いたハールーン・アッラシードの死後、息子たちがカリフの地位を争った。そのような争いに乗じてホラサーンのターヒルが独立を宣言した(812)。9世紀後半になると東の地域でぞくぞくと独立政権が増えていることは歴史図の通りである。そして10世紀の後半が上の図であるが、カラ・ハン朝、サーマーン朝、ブワイフ朝などが生まれている。そして、アッバース朝の西側は先述したモロッコ辺りの3カ国は既に消滅し、ファーティマ朝が登場しているのである。目まぐるしく国が入れ替わる、まさに興亡の歴史が展開された時代である。

というものの当時のイスラム世界の中心はバグダードであり、アッバース朝であった。ユダヤ教やキリスト教の聖地であるエルサレムはイスラム支配化にあった。時代の流れとともに、つまり上述したような興亡の歴史の中で、エルサレムはその後、ファーティマ朝の支配下に置かれた、その後はセルジューク朝の支配下になるのであった。そして十字軍の遠征と続くのである。   (次回はエルサレムの予定です)