イラクの歴史(2)砂漠の女王ガートルード・ベル

前回の「イラクの歴史」の最後にイラク建国を語るに欠かせない女性がいると書いた。それは今回のタイトルとしたガートルード・ベルであり、「砂漠の女王」と呼ばれた女性である。ウィキペディアを見ると、冒頭に以下のように記述されている。

ガートルード・マーガレット・ロージアン・ベル(英: Gertrude Margaret Lowthian Bell, CBE、1868年7月14日 – 1926年7月12日)は、イラク王国建国の立役者的役割を果たし、「砂漠の女王」(Queen of the Desert) の異名をとったイギリスの考古学者・登山家・紀行作家・情報員。

今回はこの女性がテーマである。といっても、正直言うと、私自身が彼女のことを詳しく知っているわけではない。そこで手元にある阿部重夫著『イラク建国「不可能な国家」の原点』中公新書2004年を参考にさせていただき、そこからの引用もさせていただくことにする(青の太字)。

オックスフォード大学で学んだ才媛である。1982年の春にテヘラン駐在公使に赴任していた伯父を頼って初めて東方へ旅をした。その時のエッセー風の紀行文が『サファル・ナーメ』(邦題は『ペルシアの情景』)である。恋をしたが、不慮の事故で相手が死んだ。その面影を追ってペルシャの詩人ハーフェズ(1326~90)の詩を翻訳し、砂漠にのめり込んでいった。(前掲書18~19頁)・・・この部分を読んで私は彼女がアラビア語だけではなく、ペルシャ語にも堪能であったことを初めて知った。ハーフェズと言えば、ペルシャを代表する詩人であり、彼の詩集はイラン人のどの家庭にもあるというほどの国民的詩人である。もっと知識をさらけ出すなら(笑)、ハーフェズ占いというものもある。つまり彼の詩の章句が占いに利用されているのである。彼のお墓(ハーフェズ廟)がシーラーズに在る。ちょっとした公園になっており、そこではハーフェズ占いの売り子がいる。小銭を払うと、小鳥が小箱の中から一枚を取り出してくれる。おみくじを鳥が引き出してくれるようなものである。それが占いのすべてではない。私が持っているハーフェズ詩集のDVDには、占いにつかう部分も入っている。・・・話を戻そう。

第一次大戦とオスマン帝国の解体が、流ちょうなアラビア語を操るこの稀代の頭脳を放っておかなかった。中東戦線の司令塔カイロに設けられた諜報部門に「アラビアのロレンス」とともに招集され、「アラブの反乱」のために情報収集工作に専念する。・・・ロレンスに関する記事は既に9月に書いているので、アラブの反乱の部分は飛ばしていこう。・・・バグダードが陥落した後は占領行政に身を投じ、陳情のアラブ人が門前市をなして「ハトゥン」(女長官)とあだ名された。彼女はロレンスとともに戦後のパリ講和会議にも出席、アラブ人への約束を果たすために尽力するが、列強代表の横車の前で蹉跌を余儀なくされる。ほどなくメソポタミア全土を巻き込んだアラブ人暴動が発生した。苦慮の末に、英国の直接統治から王政への移管を設計し、現在の国境線を画定したのである。・・・イギリスの三枚舌外交に騙されたアラブが戦後処理で自分たちの国が得られないことに憤ったのは当然であり、それは暴動というものではないと私は思う。そして、イギリスの政策には腹立たしい思いがするが、アラブ人のために尽力しようとしていたベルに対しては同情する。これはロレンスに対する感情と同様のものである。

イラクの国境画定にあたっての議論も明らかになっている。北部のクルド人(スンニー派)地域、中部のアラブ人(スンニー派)地域、南部のアラブ人(シーア派)地域の3地域を踏まえてどのような構図の国にするかという議論である。ロレンスはクルド地区を外して英国の管理下に置くことを主張したが、ベルは3地域まとめてイラクとすることを主張して、そうなったのである。ベルはロレンスより二十歳ほど年上である。

ベルはその後もバグダードに残り、再び考古学に夢中になって過ごしたそうである。そして、1926年の夏にベルはバグダードで睡眠薬を飲んで命を絶った。多分自殺であろう。

これを機会に、私は複数の中東・イラク関係の書籍のなかでベルについて書かれている部分を拾い読みして、彼女に関する知識を少し増やした。そうするうちに、彼女が書いた旅の記録があることを知った。それは,平凡社の東洋文庫『シリア縦断紀行(1) (2)』である。アマゾンの本の内容をみると、次のように書かれている。「アラビアのロレンスの女性版」といわれる著者が、オスマン帝国末期の1905年、複雑な政治状況にあったシリア地域を訪れた際の旅の記録。本巻では、エルサレムからドルース山地をへてダマスクスに至る旅程で出会った人々の生活習慣や、各地の遺跡の様子が綴られる。・・・是非とも読んでみたい衝動にかられた。各巻2,860円であった。高い! と思ったのであるが「待てよ!」どこかで見覚えのあるタイトルだなと、本棚の奥の方をチェックすると、なんとあるではないか。この本が2巻とも。

もう15年も前のことである。市の公共の場で中部大学の図書館で破棄処分になった本を無料で頂ける機会があった。そこでは東洋文庫などが出ていた。この本以外にも中東に関するものを沢山頂いてきたのだった。このタイトルはシリアだったので、全然開くこともなくしまわれていたのだった。折角の機会なので、第1巻の中ほどまで読み終えたところである。冒頭の写真はその中の写真をアップしたものである。目次は以下の通りである。

 

 

一つの関心事が新たな関心事に広がっていくという面白さがある。15年間もの間眠っていたこの本もどうやら陽の目を見たようである。

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