ノアの箱舟

画像の出所:ナツメ社発行、山形孝夫著『聖書入門』89頁

今日は「ノアの箱舟」伝説である。先ずは旧約聖書では、どのように書かれているのだろうか。
創世期第6章には次のように書かれている(青色が引用の部分):
主は言われた。「わたしは人を創造したが、これを地上からぬぐい去ろう。人だけでなく、家畜も這うものも空の鳥も。わたしはこれらを造ったことを後悔する。」
神は自らが造った人間の傲慢さに嫌気がさして、人々をこの世から抹殺しようとしたのであった。そして、神に従う無垢な人であったノアに言った。「あなたはゴフェルの木の箱舟を造りなさい。箱舟には小部屋を幾つも造り、内側にも外側にもタールを塗りなさい。」そして、もっと細かく造り方を指示した。そして言った。「わたしは地上に洪水をもたらし、命の霊をもつ、すべての肉なるものを天の下から滅ぼす。地上のすべてのものは息絶える。わたしはあなたと契約を立てる。あなたは妻子や嫁たちと共に箱舟に入りなさい。また、すべて命あるもの、すべての肉なるものから、二つずつ箱舟に連れて入り、あなたと共に生き延びるようにしなさい。それらは雄と雌でなければならない。それぞれの鳥、それぞれの家畜、それぞれの地を這うものが、二つずつあなたのところへ来て、生き延びるようにしなさい。更に、食べられる物はすべてあなたのところに集め、あなたと彼らの食糧としなさい。」ノアは神の言うとおりに行動した。

創世期第7章:
「ノアが六百歳のとき、洪水が地上に起り、水が地の上にみなぎった。ノアは妻子や嫁たちと共に洪水を免れようと箱舟に入った。・・・・・雨が四十日四十夜降り続いたが、・・・・・洪水は四十日間地上を覆った。水は次第に増して箱船を押し上げ、箱舟は大地を離れて浮かんだ。水は勢力を増し、地の上に大いにみなぎり、箱舟は水の面を漂った。・・・・」そして、地上のものはすべて息絶えた。ノアたちだけが生き残った。水は百五十日の間、勢いを失わなかった。

創世期第8章:
やがて水が引いていった。7月の17日に箱舟はアララト山の上に止まった。そして10月には山々の頂が見えるようになった。「ノアは自分が造った箱舟の窓を開き、鳥を放した。烏は飛び立ったが、地上の水が乾くのを待って、出たり入ったりした。ノアは鳩を彼のもとから放して、地の面から水がひいたかどうかを確かめようとした。しかし、鳩は止まる所が見つからなかったので、箱舟のノアのもとに帰ってきた。・・・・さらに七日待って、彼は再び鳩を箱舟から放した。鳩は夕方になって箱舟に帰ってきた。見よ、鳩はくちばしにオリーブの葉をくわえていた。・・・彼は更に七日待って、鳩を放した。鳩はもはやノアのもとに帰ってこなかった。」洪水をもたらした雨が止み、水がひいて、地上が現れてきた様子が生き生きと描写されている。そこで神は言った。「さあ、あなたもあなたの妻も、息子も嫁も、皆一緒に箱舟から出なさい。・・・・あなたのもとに来たすべての動物、鳥も家畜も地を這うものも一緒に連れ出し、地に群がり、地上で子を産み、増えるようにしなさい。」ノアは神のために祭壇を築いて捧げものを祭壇の上に捧げたそうである。

このあと第9章以後もノアに関わる物語が続いているが、聖書に書かれているノアの箱船のあらすじは以上の通りである。

さて、ノアの方舟のことは実はイスラムのコーランにも出てくるのである。そこで、コーランではどのように書かれているのであろうか。その部分を抜粋して紹介することにしよう。

コーラン第11章フード:
コーランではノアの名はヌーフと読まれる。「さあ、我ら(アッラー)の目の前で、我らの啓示どおりに箱船を作るがよい。悪行にふけっている者どものことで(彼らをなんとかして救ってくれといって)わし(我らとおなじくアッラー)にうるさくせがんではならぬ。いずれにしてもあの者どもは溺れて死んでいくさだめじゃ。
そこで彼は箱船を作りだす。だが民の長老たちは、そのそばを通りかかるごとに彼を嘲弄した。彼が言うに「今のうちにたんとそうしてわしらを嘲りなさるがいい、いずれ(審判の日に)今度はわしらの方でお前がたを嘲ってやろうから、丁度いまお前がたが嘲っておるのと同じように。そうなったら、お前がたにもわかるであろう。(その時)天罰を受ける者は、散々な恥をかかされた上に、しかも永久にかわらぬ責苦を負わされるのですぞ。」
そうこうしているうちに、遂に我ら(アッラー)の最後の断は下され、(天の)大釜が煮こぼれた(大雨になった)ので、我らは(ヌーフに)こう命じた、「(船の)中に、あらゆる(生き)ものを一番ずつ入れるがよい。それから汝の家族をも。但し、前もって運命がきまっている者(無信仰者として死ぬことに決まっている者、の意で具体的にはノアの息子を指す)は(のせては)ならぬぞ。それから信仰ある人々も(乗せて)やるよう。」・・・・かくて舟は一同を乗せ、山なす波浪のなかを走り行く。・・・・ヌーフはいつまでも離れて(船に乗らずに)立っている息子に呼び掛けた。 ヌーフは舟に乗れと呼びかけるが息子は乗らずに山に逃げるという。そこでヌーフは主に呼びかけた。「主よ、私の息子は家族の1人でございます。・・・・」「これ、ヌーフ、あれは汝の家族ではない。彼の所業は正しくない。何も知りもしないことでわしにとやかく口出ししてはならぬ。・・・」ヌーフとアッラーとの間にこのような会話がある。要は旧約聖書の内容と同じようにヌーフの家族が箱船に乗り洪水を免れるのである。信仰深いもの以外は洪水にのまれて死んでしまう。ヌーフの息子でさえ家族の一人として認めないという厳格な裁きをして懲らしめる物語となっている。コーランでは聖書のノアの箱舟の話を少しアレンジしている内容となっている。

少々長くなったので私自身も入力に疲れてきた。もう少し話をしたいのであるが、今日はここまでにしておこう。