ペルシャ語講座17:動詞の未来形

今回はちょっと前に進めて、動詞の未来形を取り上げましょう。例えば「私は明日大阪に行きます」を英語では「I will go to Osaka tomorrow/」と未来形のwill goを使います。英語ではwillを使うわけです。ペルシャ語では未来形を表す助動詞として خواستنを使います。語幹は  خواه です。また、go に相当するのは raftan です。語幹はravです。ちょっと整理してみましょう。

その前に、動詞の形について以前にも書いていますが、もう一度きちんと説明しておきましょう。動詞は先ずは基本となる形があります。私は動詞の基本形または原形といっていますが、参考書では不定法や不定詞や不定形という場合が多いです。その動詞の基本形の末尾は ن -an となっています。更に تن  tan、 دن  -dan、 یدن -idan の3つに分けられます。つまり動詞の基本形は〇〇タン、〇〇ダン、〇〇ディダンの3通りしかないということです。

そして、動詞の基本形から  ن -an を取り除いたものが過去形の基本形となります。この基本形に人称別の語尾をつけると過去形ができます。過去語幹とでも名付けましょう。

基本形 過去語幹
 go رفتن raftan رفت raft
 give دادن dadan داد dad
 ask پرسیدن porsidan پرسید porsid

未来形から話がずれていきますが、ついでに現在形です。

基本形 現在語幹
 go رفتن raftan رو rav
 give دادن dadan ده dah
 ask پرسیدن porsidan پرس pors

ちょっとややこしいのですが、動詞の基本形とともに、語幹というのがあります。これは覚えなければなりません。掛け算の九九を覚えるように口ずさんんで覚えるようなものです。例えば go なら、raftan–rav,  give ならdadan–dah, askならporsidan–porという風にです。そして、現在形を作る場合には必ず mi میを前につけます。 私は行く= miravamとなるわけです。あなたは行く=miraviですね。話し言葉では必ずしもこの通りの発音ではありませんが(miravam➡miram,  miravi➡miri)、先ずは基本を身に着けるのが先でしょう。先ほどの過去語幹に対して現在語幹と名付けておきましょう。

さて未来形です。先ほどخواستن を使うと言いました。خواستن の語幹は خواه です。下の表に go の現在形と未来形を記入しました。現在形は動詞の語幹に人称語尾をつけました。未来形はخواهの末尾に人称語尾をつけて、あとはすべてraftで良いわけです。覚えやすいのではないでしょうか。

 I go miravam میروم I will go خواهم رفت
 You go miravi میری you will go خواهی رفت
 He goes miravad میرود He will go خواهد رفت
 We go miravim میرویم We will go خواهیم رفت
 You go miravid میروید You will go خواهید رفت
 They go miravand میروند They will go خواهند رفت

簡単に説明しましたが、それほど難しいものではありませんね。また、否定形の場合は خواه の前にن naをつけて下さい。 نخوا となりますから、I will not goなら نخواهم رفت となります。na khaham raf です。

最後になりますが、私自身は殆ど未来形を使って話したことはありません。ほとんど現在形で用は足せたと思うのです。最初に書いて例文の「明日、大阪に行きますなら」「Fardo be Ozaka miravam」で良いと思います。

 

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コーランについて(2):第96章・・・凝血

コーランはイスラムの創始者ムハンマドが神からうけた啓示を編纂したものである。ムハンマドが最初に啓示を受けた部分がこの章に綴られている。それゆえ、コーランの中でも重要な章である。

慈悲ふかく慈愛あまねきアッラーの御名(みな)において・・   (ここの部分は全部の章の初めについている。今後、この部分は省略する。)

  1. 誦め、おまえの主の御名において、(森羅万象)を創造し給うた(主の御名において)、
  2. (つまり)彼は人間を凝血から創造し給うた。
  3. 誦め、そしておまえの主は最も気前よき御方であり、
  4. 筆によって(書くことを)教え給うた御方であり、
  5. (つまり)人間に彼の知らなかったことを教え給うた(御方)である。
  6. ・・・・19節まで続く

訳文は前回も引用させていただいた作品社の『日亜対訳クルアーン』からである。森羅万象ありとあらゆるものを創造したのは神であり、人間に人間の知らなかったことを教えたのも神であるという。啓示の始めに相応しい章句であると思う。

冒頭の句=誦め の読み方は「よめ」である。神の啓示を伝えた大天使ジブリールが「よめ」と言うと、ムハンマドは「私は読むことができません」と言ったとか?この天使のジブリールはキリスト教ではガブリエルと呼ばれる天使のことである。そして、ムハンマドの「誦めません」という答えに対して、ジブリールはさらに「誦め」と言ったのが第3節である。

つまり、ムハンマドは読み書きができない人であったらしい。それゆえに神から与えられた啓示を記録することもできないので、記憶を頼りに啓示を伝えることは至難の業であったろうと思う。そして、コーランが編纂されたのは、彼の死後の正統カリフ三代目ウスマーンの頃である。生前にムハンマドが伝えた啓示を取りまとめるという作業はさぞかし大変だったことだろう。

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コーランについて(1):第1章・・・開端

2019年1月31日と2月1日に「イスラムの啓典:コーランについて(1)と(2)を書いています。あれからもう1年以上が経過したのですね。今後、時々になるでしょうが、コーランの中身について、少し詳しく取り上げてみようと思います。今回は第1章を取り上げましょう。

コーランの初めの章ですから、「開端」とか、「開扉」と訳されています。イスラム教徒の人たちは、この章を毎日の礼拝の時に唱えます。そうです、礼拝は毎日5回ですから、この章句も5回唱えることになります。コーランは全部で114の章で成っていますが、それぞれの章はいくつかの節で構成されています。この開端の章は7つの節でできています。最も短い章は108章でして、わずか3つの節しかありません。第1章が「開端」と名付けられているように、全ての章には名前が付けられています。追々紹介していきましょう。さて、開端の章ですが、日本語訳を紹介しておきましょう。訳は岩波文庫(井筒俊彦著)「コーラン」より。

慈悲ふかく慈愛あまねきアッラーの御名(みな)において・

  1. 讃えあれ、アッラー、万世(よろず)の主、
  2. 慈悲ふかく慈愛あまねき御神、
  3. 審き(さばき)の日の主宰者。
  4. 汝こそ我らはあがめまつる、汝にこそ救いを求めまつる。
  5. 願わくば我らを導いて正しき道を辿らし給え、
  6. 汝の御怒りを蒙る人びとや、踏みまよう人々の道ではなく、
  7. 汝の嘉し(よみし)給う人々の道を歩ましめ給え。

井筒先生の訳は文語調であるので現代人には少し難しいい気もします。そこで作品社(中田考監修)『日亜対訳クルアーン』の訳を以下に紹介してみましょう。

  1. 慈悲あまねく慈悲深きアッラーの御名において
  2. 称賛はアッラーに帰す、諸世界の主に、
  3. 慈悲あまねく慈悲深き御方、
  4. 裁きの日の主宰者に、
  5. あなたにこそわれわは仕え、あなたにこそ助けを求める。
  6. われらを真っすぐな道に導き給え、
  7. あなたが恩寵を垂れ給うた者たち、(つまり)御怒りを被らず、迷ってもいない者たちの道に

こちらの訳にしても同じように難しく感じるかもしれないが、意味はお分かりいただけることでしょう。アッラー(神)がいて、我らは神に仕え、そして神は我らを導いてくださるようにという祈りの文言であろう。日本語訳を紹介したのであるが、日本語のこの訳文を唱えてもコーランを唱えたことにはならない。キリスト教の聖書は、日本語訳の物はそれはそれで日本語訳された聖書である。が、イスラムの場合はコーランが書かれたアラビア語で詠むことが必須なのである。おそらく、多くの言語に訳されていくうちに神の言葉の真意が伝わらなくなってしまうという危惧からそうなったのであろう(私見)。従って、貴方がイスラム教徒になったなら、コーランをアラビア語で唱えなければならないのです。せめて、この第1章だけは唱えられるようにしておきましょう。私はイスラム教徒ではありません。でも勉強はしています。この開端の章をアラビア書道で書いたものが次の画像です。これ一枚をまあまあ良しとして書けるまで3か月かかっています。それでもその前のナスヒー書体の時は6カ月もかかったのでした。

さて、今回はこれまでにしておきます。今後、どういう風に各章を取り上げていくか、大きな課題ができました。旧約聖書との関係なども面白いかなと思っています。お楽しみに!

 

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中東の美:ペルシャ絨毯

これまで色々な記事を書いてきたので、ペルシャ絨毯についても既に書いた気がしていた。でも、そうではなかったようである。今回はそのペルシャ絨毯について書いてみよう。冒頭の画像は昔テヘランの書店で買った本の表紙である。タイトルが「Oriental Rugs and Carpets」であるから、ペルシャ絨毯だけでなく、中央アジア、例えばサマルカンドや中国の緞通などについても書かれているので、それぞれの特徴も分かるので興味深い書籍である。この本からいくつかの画像を拝借させて戴くことにする。

ペルシャ絨毯の場合は「織る」というよりも「結ぶ」という方が合っているかもしれない。縦糸に結び付けていく感じである。上の図の左側の列が「トルコ結び(Turkish knot)」と呼ばれる結び方である。上段は正面から見たもので、中断は上からセクション(断面)で見たもの、そして下段は縦糸2本に結び付ける方法である。右列は「ペルシャ結び(Persian knot)」と呼ばれる方式である。縦糸にこのように糸を結び付けて、それを道具をつかって上から下に押さえつけるように締め込むような感じと言えばいいだろうか。

絨毯織りに使う道具である。上の二つは縦糸の間に入れて、結んだ糸を下に抑え込むものであろう。あとは糸を切ったりするためのナイフや鋏類であろう。普通は次の画像のように絨毯を立てて織っていくわけである。大きなサイズのものを織る場合は、横に数人が並んで織ることもある。珍しい方式では、立てるのではなく水平において織っていく方法もある。

ペルシャ絨毯の美しさの要素の一つは色である。古い伝統をもつペルシャ絨毯は現代のような化学染料が存在しない時代からの産物である。従って、天然の染料で糸は染められた。もちろん今ではすべての絨毯が天然染料で染めた糸を使っているわけではないのは仕方ないことであろう。また糸の種類も絨毯の良し悪しに関係する。もともと古い時代から絨毯は生活の必需品であった。建物の中、テントの中・・・絨毯は日本でいえば畳に相当するわけである。だから、絨毯は華美や豪華さを求めるものではなかったはずである。私が最初に絨毯を買った場所はイランのシスタン州・ザヘダン市から、また車ではるか東のパキスタン国境に近い町ザボールで、1972年のことであった。その土地周辺のローカル色豊かな絨毯2枚ものであった。それの糸はウール(羊毛)であった。ウールの絨毯は実用的でそれで充分であった。あれから既に50年近く経ったことになる。

これがその50年前の絨毯である。古くなり色も褪せてきたが、絨毯としての役目は健在である。いわゆる高級なペルシャ絨毯の洗練された趣はないが、地方色豊かな人間味溢れる図柄であると思っている。愛着のある絨毯である。

ウールであると言った。他にはコットン糸(綿糸)の物もある。イランの北東部辺りのトルクマン達が織る絨毯は綿糸のものが多かったように思う。もちろん、ウールもある。さらに絹(シルク)もあるであろう。今、日本のお店でも、またイランに行って絨毯屋を除いても、目を引く美しい絨毯は「オール・シルク」ですと言われるだろう。本当に美しいのはそういう絨毯であることに間違いはない。多分、我々日本人が買うとなると、それは装飾品として求めるのであろうから、このような絨毯が望まれるのであろう。でも、絨毯は飾り物ではなく、やはり部屋に敷いて使ってもらいたいものだ。例えば次の画像のこの絨毯はオール・シルクの少々大きめのものである。オール・シルクの製品は見る角度によって光の反射の影響で色が濃くなったり薄くなって見えるのである。そして、絨毯の厚みが非常に薄い。模様も糸が細い分だけ細やかな模様が出来上がる。素晴らしい出来栄えになる。私はこの絨毯も普段から敷いて使い古しているので汚れもでてきたし、傷もできてきたが、厭わずに使っている。

次の絨毯もオール・シルクである。これは小さいサイズなので玄関のマットに使用している。これは20年ほど前にゼミ生の学生一人を連れてイランとトルコ旅行に行ったときに、学生の勉強のために絨毯の買い物の仕方を実戦で形式で教えたときのものである。テヘランのバザールの絨毯屋をうろうろして気に入ったのがこれであったが、その日の値段交渉はまとまらず、翌日もう一度行って交渉したが、まとまらず。何度も行って交渉するのがお互いの楽しいゲームなのである。そして、イスファハンとシーラーズの観光に3日ほど行って帰ってから、またこの店に行って、最終的に買い求めたものである。産地はコムである。今頃コムの絨毯は人気が高いという。

次の絨毯はイスファハンであるが、中級品である。というのはウールが主で、一部にシルクを使っているのである。シルクは花柄の輪郭部分などに使われており、その部分は光って見えるので美しい。オール・シルクに較べると厚みがある。そうそう、ペルシャ絨毯は薄ければ薄いほど評価が高いのである。中国の緞通は何と言っても厚みがあってフカフカの肌触りが良いらしいが、ペルシャ絨毯は反対である。だから、新しい絨毯を買うと、それを家の前の道路に置くことがある。その上を車が走っていくのである。そうして、表面の毛羽が擦られていい具合になるというのである。

この絨毯はそう薄くはないが、それでも旅行用のスーツケースに折りたたんで入るくらいのものである。

話は自分の絨毯になってしまったが、これなどは中級の下程度のものであって、決して自慢できるものではない。でも繰り返すが絨毯は消耗品であるというのが私の考えである。でも、ペルシャ絨毯は長持ちするのも事実である。そして、模様の細かさであるが、これはパソコンが普及して画像を画素数で表すように、ペルシャ絨毯も一定枠の中にknot(結び目)がいくつあるかが尺度になる。いい絨毯なら表は勿論美しいが、裏も美しい。だから、あえて裏返して置いておく場合もある。オール・シルクなら、どんなものでも裏返してもいいだろう。

トルコに行けばトルコの絨毯。パキスタンにも独特の絨毯がある。国によって柄が特徴あるように、ペルシャ絨毯も産地によって絵柄が異なっており、ほぼ特定できるのである。そして、いいものには絨毯の隅に産地と工房のの前が織り込まれているのである。先述の玄関に敷いているものの工房が次のように示されている。

ちょっと書き疲れたので今日はここまでにしておきましょう。

 

 

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ペルシャ語講座16:昨日、今日、明日など

久しぶりにペルシャ語講座の開催です。前回は時刻の表し方を学びました。今回は表題のような内容にしましょう。原稿を用意しておいて書いているのではなく、思いつくまま書いていくので整然としていなくても、ご了承のほどお願いいたします(笑)。

今日 امروز emru-z エムルーズ 備考
昨日 دیروز diru-z ディルーズ
一昨日 پریروز pariru-z パリルーズ
明日 فردا fardou ファルドー
明後日 پس فردا pas fardou パスファルドー
今年 امسال emsa-l エムサール
昨年 سال گذشته palsa-l サーレゴザシュテ
来年 سال آینده sa-le-ayand サーレアーヤンデ

一昨日よりもっと前を表現したい時もあるかもしれません。例えば一昨日の前だとすれば、3日前ということになりますね。前は=ピッシュ なので、数字の3のセ + 日のルーズ をつけると「セ ルーズ ピッシュ」となります。これで「3日前」という表現ができます。4日前、5日前なども数字を変えればいいだけです。

同様に明日、明後日の先はどうなるでしょうか。明後日の次は「3日後」ですから「3日」=「セ ルーズ」+「ディゲ」と言います。「ディゲ」というのは、正確には「ディギャル」ですが、話し言葉の場合「ディゲ」となります。「ディギャル」の代わりに「バッド」を使ってもいいです。4日後、5日後も数字を変えればいいだけです。例文を作ってみましょうか。

 私は3日前、東京に行きました。
   من سه روز پیش به توکیو رفتم
 man se ruz pish be Tokyo raftam
 彼は4日後に、大阪に行きます。
  او چهار روز بعد به اوزاکا می رود
  u chahar ruz bad be Osaka miravad

「彼は4日後に大阪に行きます」は未来のことなので、英語ならwill goとなるのかもしれません、ペルシャ語の場合も未来形がありますが、ここでは現在形を使っておきます。日本語でも「四日後に大阪に行きます」という風に現在形の表現をしているように、ペルシャ語の同じように考えて下さい。もちろん、推定的なニュアンスで、「多分行くでしょう」というような場合は動詞を未来形にしたらいいでしょう。未来形の作り方はそう難しくはありませんが、それは後日ということにしましょう。

今日は簡単なこれだけにしておきましょう。質問があればメールをお送りください(またはコメントでもいいです)。ところで皆様方、コロナが収束傾向にあるようでいながら、まだまだ東京や北九州では不透明な状況が続いています。くれぐれもご注意ください。

 

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