イスラム再学習❶使徒たち(預言者)について

ブログを再開したわけですが、これを節目として改めてイスラムについて初心に戻り学習してみたいと思いました。今回はイスラムの「六信五行」の中の「使徒=預言者」にしましょう。アラビア語で預言者はラスール(複数形はルスル)と言います。ペルシア語でもそのままラスールです。「ムハンマドは神の使徒である」という言葉が有名ですが、イスラムにおける使徒(預言者)はムハンマド以外にも沢山います。コーランには25人の預言者の名が登場しています。書き上げるのが大変なので、講談社現代新書『聖典「クルアーン」の思想』大川玲子著87頁の図を引用させていただきます。
聞きなれた名前もありますね。つまりイスラムを興したムハンマド以外の預言者というのは旧約聖書に出て来る人というわけです。ユダヤ教やキリスト教の人がイスラム教の預言者なのです。では、イスラム教の聖典であるコーランでは彼ら預言者がどのように登場しているのでしょうか。

コーラン第6章(家畜の章)
そしてわれわれは彼にイスハークとヤアクーブを授けた。両者をわれわれは導いた。また、ヌーフを以前に導いた。そして、彼の子孫にはダーウード、スライマーン、アイユーブ、ユースフ、ムーサー、ハールーンがいる。そしてこのようにわれわれは善を尽くす者たちに報いる(84節)。また、ザカリーヤ、ヤフヤー、イーサー、イルヤース。みな正しい者たちである(85節)。
コーランの名前(アラビア語の名前)では分かりにくいので日本語の通常表記にすると、以下のように分かり易いかもしれません。
我々(アッラー)は彼(アブラハム)にイサクとヤコブを授け、彼らを導いた。それ以前にはノアも導いている。その子孫には、ダビデ、ソロモン、ヨブ、ヨセフ、モーセ、アロンがいる。我々はこのように正しい行いをなす者たちは報いる。またザカリヤ、ヨハネ、イエス、エリヤがいた。全て正しき人々であった。
このように我々にも馴染みのあるイエスやモーセ、ノア、ダビデ、ソロモン他がコーランに登場することが分かりますね。ノアとは「ノアの方舟」で有名なノアです。ですから、コーランにはノアの方舟の物語も登場するのです。この際、聖書に出てくる人物を系図のようなもので把握しておきましょう。ネットから引用してみます。数多い人物からどのような人がイスラムで「正しい行いの人(笑)」とされているのか分かりますね。
続く

戦争はもう終わりにしましょう!

2022年11月に『アラブのことばと絶景100』の書籍を紹介しました。暇な時にパラパラと絶景の画像を見たり、時にはじっくりと言葉の意味を考えたりしてきました。その中に1970年代のエジプト大統領アンワル・アッ=サーダートの言葉があります。日本ではサダトと表記されている元大統領です。私が時々引用させていただいているインターネットの「世界史の窓」のサイトでは彼のことを詳しく説明していますので詳しいことはそこをご覧いただければいいと思います。
https://www.y-history.net/appendix/wh1703-020.html
ここには、その冒頭の数行を引用しておきます。
1970年代のエジプト大統領。軍人としてナセル政権を継承し、1973年に第4次中東戦争でイスラエル軍を急襲して有利に戦ったが、1977年に突如イスラエルを訪問して和平に転じ、1979年にアメリカの仲介により平和条約を締結した。しかしアラブ強硬派の反発をうけ、1981年に暗殺された。
第4次中東戦争の時の大統領でした。最初は有利だった戦況も最終的に敗れることになった。アラブ側が石油輸出を武器にしたために石油危機(オイルショック)につながった戦争である。以来、原油価格は上昇の一途を辿ってきた。

さて、サダトの言葉である。彼は何と言ったのだろうか。1978年、カイロでのスピーチで語った言葉です。イスラエルとの平和条約を結び、ノーベル賞を受賞しました。しかしながら、イスラエルとの和平合意を良く思わない過激派によって暗殺されました。
「平和は土地よりもはるかに重要です・・・・。
戦争はもう終わりにしましょう。」
明日8月1日は終戦記念日です。ウクライナとロシアの戦争はまだ終わる気配もありません。西側が武器や兵器を支援している間は戦争は終わらないでしょう。そのような支援は本当の支援とは言えないでしょう。どちらかが破滅するまで戦争が続くだけでしょう。日本の政治家が台湾に行って、台湾有事に触れて「戦う意志を表明することが最大の抑止力である。断固戦う意志をもちましょう」とスピーチで檄を飛ばしていました。戦う意志=戦争する意志とは!日本は憲法で戦争を放棄しています。憲法違反のセリフを堂々と発言するという恐ろしいことをしています。

話しを基に戻しましょう。このサダトの言葉の「戦争はもう終わりにしましょう」という言葉が気に入っているのです。世界の多くの人々の思いでしょう。そこで、私はアラビア書道の秋の作品展にこの言葉を書きたいのです。まだ上手に書けるかどうかは分かりません。作品ができたら勿論ここにアップいたします。腕も手術から徐々に回復して使えるようになりつつあります。アラビア書道界の世界の第一人者である本田先生にお願いしてお手本を書いていただきました。今回はそれをここに紹介しておきます。ナスヒ書体とナスタアリーク書体の2書体で3枚書いて下さいました。私は「戦争はもう終わりにしましょう」の部分だけを書こうと思っているのですが、先生はその前の部分も書いて下さいました。ご鑑賞下さい。

 

ブログ再開です。まずは手術の報告から

しばらく休んでいましたが、左手の指が拙いながらも使えるようになりましたので、ブログを再開することにします。6月26日に左肩の腱板断裂のためのリバース型人工関節置き換え手術を受けました。そして7月7日に退院しましたが、その時点では術部の痛みは相当ありました。丁度1カ月経過した今日8月7日現在では痛みは殆どありません。殆どというのはじっとしていれば痛くないということです。左腕を上に挙げようとすると、90度位から上には挙がりません。挙げようとすると痛いので、リハビリをやりつつ徐々に可動域を広げていくことが必要です。股関節や膝関節を人工関節にする手術はよく知られるようになりましたが、肩の人工関節のことはあまり知られていないような気がします。ちょっと紹介してみましょう。

先ほど、リバース型人工関節と述べたのですが、従来の人工関節とは反対の形で人工関節を付けるというものです。その辺りの詳しい説明は省きますが、私の方に入れた人工関節とは次の図のようなものです。腕の骨に穴をあけてステムとライナーをいれます。これが受け皿です。肩甲骨側にグレノスフェアを取り付けるわけです。取り付けた模式図が次の通りです。腱板は切れてしまっているので、三角筋を利用して繋いでいます。その結果、レントゲンでは次のように見えるのです。これら3枚の画像は京都下鴨病院様のウェブサイトの画像を拝借しています。

全身麻酔の手術でしたので、自分では何も分かりませんでしたが術後は大変痛かったです。というわけで徐々に良くなっていく途中です。それにしても暑い日が続きます。40度近い日が続いていますが、中東ドバイの気温を見てみました。 今日は41度。週末は43度位になりそうですね。日本はそれに比べると少しは良いかも。湿度が32%なのは羨ましいですね。