ローマ法王がイラクを訪問

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今月上旬にローマ法王が4日間の日程でイラクを訪問した。イスラム社会への訪問ということで注目され、若干の心配もあったが無事訪問を終えて帰国した。この訪問の様子をバチカン・ニュースの記事で紹介してみよう。

冒頭のビデオ:教皇のイラク訪問、2日目ハイライ
2021年3月6日、イラク滞在中の教皇フランシスコは、訪問2日目を迎えた。教皇は、同日午前、中南部ナジャフで同国のイスラム教シーア派最高権威シスタニ師と会見。続いて、南部ウルで諸宗教代表者らとの集いに参加。午後、教皇はバグダッドのカルデア典礼カトリック教会のカテドラルでミサを捧げられた。

上のビデオ:教皇イラク北部へ、アルビルに到着
教皇フランシスコは、イラク訪問3日目、2021年3月7日早朝、北部アルビル空港に特別機で到着。空港内でクルド自治政府のネチルバン・バルザニ大統領およびマスルール・バルザニ首相と会見した。教皇はここからヘリコプターでモスルへと向かった。

上のビデオ:教皇のイラク訪問、3日目ハイライト
2021年3月7日、教皇フランシスコは、イラク訪問の実質的最終日といえる滞在3日目、同国北部に向かった。午前、アルビル経由で訪れたモスルでは、紛争の傷跡が残る広場で、すべての犠牲者のために祈られた。次いで、カラコシュのカテドラルで、教皇は信者らと交流され、復興を励まされた。午後、再びアルビルに戻った教皇は、市内の競技場でミサを司式された。

イラクからの帰国便機内で記者団と話す教皇フランシスコ 2021年3月8日

教皇、イラクからの帰国便で機内会見
教皇フランシスコは、イラク訪問終了後、帰国便の機内で記者らの質問に答えた。

教皇フランシスコ 2021年3月10日の一般謁見

「戦争への答えは兄弟愛」教皇、イラク訪問を振り返る

教皇フランシスコは、3月10日(水)、一般謁見をバチカン宮殿からビデオ中継で行われた。この席で教皇は、先日行われたばかりのイラク訪問について報告された。

教皇は、3月5日から8日まで、イラクに赴き、首都バグダッドをはじめ、ナジャフ、ウル、アルビル、モスル、カラコシュの各地を訪れていた。

教皇は、「イラクを訪問することは、聖ヨハネ・パウロ2世が果たせなかった計画を実現することであり、これまでアブラハムの地を訪れた教皇はいなかったが、神の御摂理は長年の戦争とテロ、パンデミックの試練の中に、希望のしるしとしてこの訪問が行われることを望んだ」と話された。

教皇はこの訪問の実現を神に感謝すると共に、イラク大統領と政府および教会関係者、そして、ナジャフで会見したイスラム教シーア派の大アヤトラ(最高位聖職者)シスタニ師をはじめとする諸宗教代表者らに心からのお礼を述べられた。

「悔い改めの心のもとに行ったこの巡礼で、イラクの人々が長年背負ってきた大きな十字架を、カトリック教会の名のもとにご自分が背負うことなくしては、迫害に苦しんだこの民に近づくことはできないと思っていた」と教皇は語り、実際、破壊の跡や、暴力・迫害・避難を体験した人々の証言を聞いて、その思いはより深まったと話した。

その一方で、この訪問を通し、キリストのメッセージを受け入れる喜び、また「あなたがたは皆兄弟なのだ」(参照 マタイ23,8)というイエスのメッセージに要約される、平和と兄弟愛へと開く希望を、人々の間に見ることができた、と語った。

「イラクの人々には平和に生きる権利がある。彼らが持つ尊厳を取り戻す権利がある」と教皇は述べ、「文明のゆりかご」であるメソポタミアの数千年にわたる歴史、宗教・文化的ルーツに思いをはせられた。

時代は変わっても、都市や文明を破壊し、人類を蝕んでいくのは、常に戦争であると述べつつ、教皇は「戦争への答えは、別の戦争ではない。武器への答えは、別の武器ではない。その答えは、兄弟愛である」と強調。これはイラクだけの挑戦ではなく、全世界の挑戦である、と説かれた。

この兄弟愛のために、アブラハムの地、ウルで諸宗教代表者らが集い、父祖アブラハムがおよそ4千年前に神の声を聞き旅立った、その同じ天の下で祈りを共にした、と教皇は語った。

バグダッドのシリア典礼カトリック教会のカテドラルでイラクの教会関係者との出会いが行われたが、そのカテドラルは、2010年、ミサ中のテロ攻撃で、司祭2人を含む48人の犠牲者を出した場所であると教皇は説明。イラクの教会は殉教者の教会であるが、教皇を迎え人々が再び取り戻した喜びを感じることができた、と話した。

モスルとカラコシュでは、ISによる占領で、キリスト教徒や、ヤジディ教徒を含む数万人の住民が避難を余儀なくされ、これらの都市の古くからのアイデンティティーは破壊された、と教皇は現地で見た暴力の爪痕について語った。

現在、困難のうちにも復興が進められる中、イスラム教徒はキリスト教徒に帰還を呼びかけ、教会やモスクの修復を力を合わせて行っていることを紹介された教皇は、これらの兄弟姉妹たちが再出発の力を得ることができるよう、わたしたちも祈り続けよう、と招かれた。

教皇は、バグダッドとアルビルでとり行われたミサを振り返り、「アブラハムとその子孫たちの希望は、神の御子イエスの神秘の中に実現された。イエスはご自身の死と復活を通し、わたしたちに約束の地への道、新しいいのちへの道を開いた。そこでは涙は乾き、傷はいやされ、兄弟は和解する」と話された。

「イラクでは、破壊と戦争の音がとどろく時にも、同国の象徴であり希望の象徴であるヤシの木は、静かに育ち、実をつけた。兄弟愛も同様に、音を立てることなく、しかし豊かに実り、わたしたちを成長させる」と述べた教皇は、平和そのものである神に、兄弟愛に満ちた未来を、イラクに、中東に、そして全世界のために祈られた。

イスラム世界の中でさえ、宗派の違いなどによる対立が現実に存在している。そのようなイスラム社会と宗教の違いを超えて理解を深め合うことは簡単ではないことであろう。特にこの地域では東ローマ帝国の勢力とイスラムが戦いを繰り返した地域である。でも、交流を促進することによる変化は必ず訪れることであろうと信じている。

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アルメニアとアゼルバイジャンの紛争(その後)

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ナゴルノカラバフ地域を巡るこの旅の紛争もどうやら停戦に到ったようである。10日、アルメニアのパシニャン首相、アゼルバイジャンのアリエフ大統領、それに仲介したロシアのプーチン大統領の三人が共同声明に署名して、停戦に合意した。決着の結果はアルメニアがこれまで実効支配していたナゴルノカラバフの一部を失った。但し、旧自治州の帰属については触れられておらず根本的な解決には至っていない。それは先送りされたということである。

過去にも1994年に欧州安保協力機構とロシアの仲介で両者が停戦合意したこともあったが、アルメニアが旧自治州の実効支配を認める内容であったため、アゼルバイジャン側には不満であった。今回の停戦合意により、両者の衝突は停止することになるが、根本的な解決を先送りしている以上、この先に再び紛争が再燃しないという保証はない。米大統領選、その後の開票にまつわる混乱に乗じて、この地域に対するロシアの影響力が強まったという印象である。

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アルメニアとアゼルバイジャンの紛争

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アルメニアとアゼルバイジャンとの間で衝突が起きている。この地域は中東ではなく、コーカサス地方になるのであろうが、中東と密接に関係ある地域なので、取り上げてみることにする。

この両国間の紛争は今に始まったことではない。歴史的な流れからみると、ロシア帝国とオスマン帝国が崩壊し、その後、アルメニアとアゼルバイジャンが独立した時から、ナゴルノカラバフの帰属問題が発生したのである。アゼルバイジャン国内の領域であるナゴルノカラバフ地域に住む大半の人々がアルメニア人であった。第一次世界大戦後両国はソビエト社会主義共和国連邦下に置かれることとなった。そして、ナゴルノカラバフはソビエト社会主義共和国憲法において、アゼルバイジャン内の自治州としての地位を与えられたが、事態が収束することはなかった。Global News View (大阪大学を拠点とするメディア研究機関のHP参照)。

このように、アゼルバイジャン領内において、多くのアルメニア人が居住するナゴルノカラバフ地域がアゼルバイジャンからの離脱志向があり、そこにアルメニアが肩入れしたというのが紛争の始まりということである。私が若いころには「アゼルバイジャンの中にアルメニアの飛び地がある」という風に理解していたものだった。

この図でわかるように、アゼルバイジャンは産油国であるので、ジョージアからトルコ経由で各国に輸出している。両国はパイプラインの通過料を得ることができる。アルメニアはロシアやイランと発電・電力供給で親密な関係にある。イランは電力の代わりに天然ガスをパイプラインで供給している。イラン北部にはアゼルバイジャン系住民がいるので、イランは常に彼らの独立運動に目を光らせている。宗教的にイランとアゼルバイジャンはシーア派とスンニ派の違いはあるがイスラム同士ではある。アルメニア人はキリスト教徒(アルメニア正教)であるが、イランとの関係は良好である。一方、武器調達においては、アゼルバイジャンはイスラエルから大量の武器を購入している。最近続いているイスラエルとアラブのアラブ首長国連邦やバーレーンとの国交樹立などが、イラン封じ込め戦略と言われるように、イランにとってはイスラエルとアゼルバイジャンの関係強化も気になるところである。また、産油国のアゼルバイジャンには米国の石油関係会社も進出しているから、米国もこの地域での衝突には重大な関心を寄せざるをえない。

日本からは遠いコーカサスのあまり馴染みのない国同士の紛争であり、関心も薄く注目の度合いも薄いかもしれない。しかしながら、上述したように、両国間だけではなく、両国に繋がりのある周辺国(トルコ、イラン、イスラエル、シリヤ、レバノン等)ならびに米国やロシアも干渉することになると中東を巻き込んだ国際紛争になるわけである。そうなると石油を中東に依存する我が国としても傍観はできないであろう。

(地図は中日新聞10月1日、10月9日より拝借)

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アラビア文字(ペルシャ文字)の入力

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こんにちは。久しぶりの投稿になります。はや10月も末になり、めっきり涼しくなりました。今回はアラビア文字(ペルシャ文字)に対する質問がありましたので、お答えいたします。
私はこのブログの入力はパソコンで行っています。ですからキーボードから入力するのです。英文字や日本語は普通に入力できますね。ペルシャ語を入力する場合にもペルシャ語フォントを追加すればいいだけです。windowsでは世界中の言語に対応してフォントが用意されています。例えば次のように。

私はペルシャ語フォントを入れているわけです。ペルシャ語はアラビア語にはない文字がいくつかあるので、ペルシャ語を入れておけばアラビア語にも基本的に対応はできるのです。付加する記号文字などでできないものもありますが。
フォントを入れたからと言ってすぐに入力はできません。一つ一つの文字の配列が分からないと打てません。キーボードは英文字なのですから。それで必要なのが、つぎのキーボード表です。
これを見ながら入力すればOKです。でも今では配列が頭の中に入っているので、殆ど見なくて入力できるようになりました。ただシフトキーの方は見ないわけにはいきません。

パソコンからの入力は以上の通りです。皆さんも、他の言語での入力が必要な場合には是非ともトライして見て下さい。今のパソコンは世界中の言語に対応していることがわかるでしょう。

でも、今、私たちの生活はパソコンよりもスマホ中心になってきています。スマホにおける多言語対応はどうなっているのでしょうか。Gboard (Google キーボード)が助けてくれます。Gboardのアプリを入れると世界中の言語に対応できるのです。ペルシャ語の場合は次のようなキーボードが現れます。
ラインやインスタグラムの場合はスマホでのやり取りが中心になります。だからこのキーボードが役にたちます。先ほどのパソコンのキーボードとは違って、ペルシャ文字そのものが表示されるわけですから、簡単に入力できてしまいます。Gboardを知るまではこんなことができるとは思いもしませんでした。ITの世界ではとっくに多言語対応ができているということです。

もっと付け加えるなら、ペルシャ語にしても音声で入れれば、それが文字化されるアプリもあるのです。ペルシャ語であるくらいですから、世界中の言語の対応があるでしょう。便利な世の中です。それを使いこなす以前に、どんな便利なものがあるということを知らないことが多いです。

それでは今日もいい日でありますように。

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バーレーンもイスラエルと国交樹立

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アラブ首長国連邦がイスラエルと国交を正常化させたという記事を書いたのが8月15日でしたから、およそ1ヵ月後の昨日、バーレーンとイスラエルが国交を正常化させると合意しました。予想通りの展開になっていることですので、驚きはしません。

トランプ大統領はこのような合意を仲介することによって、中東和平の進展を推し進める功労者として自己アピールしているわけです。それが大統領再選へむけて大いに後押しをしてくれると信じて、精力的に運動してきたわけです。それと同時にやはりイランの孤立化、イラン包囲網を築こうとしているわけです。

バーレーンという国は人口が150万人位の小さな国です。バーレーンの影響力はそう大きくはありませんが、アラブ首長国に続いてのことですから、今後もサウジアラビアなどが続くと予想されます。すでにイスラエル機はサウジ上空を飛ぶことが暗黙の了解になっているとも報じられています。時間の問題でしょう。

問題は一連の流れが中東和平にどう影響するかということです。日本ではほとんど真剣な議論が公になっていません。パレスチナ問題の解決・和平につながるならば文句はありませんが、逆に解決から遠ざかるようなことになる可能性も大きいのです。和平への仲介をするならばパレスチナ自治政府を抜きにしてはスムーズに運ぶ筈がないことは自明です。トランプの考えていることは、中東和平ではなくて、自分の大統領選なのです。

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UAEがイスラエルと国交を樹立

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昨日 (Aug.14,2020) の中日新聞の記事画像です。イスラエルとUAEが国交を結ぶことを発表したのです。既にエジプトとヨルダンが国交を結んでいるので、アラブ諸国では三カ国目になります。これにより、イスラエルはパレスチナ自治区の併合をこれ以上進めないことを確認したとありますが、私はどこまで守られるかは疑問に思います。よく見ると「一時的に」という条件が入っているようです。

このあと、中東地域の反応をサウジアラビアとヨルダン、イランの新聞で少しみてみました。それはそれとして、私見を述べてみると、既にアラブ諸国はイスラエルと対峙して戦うことはあり得ない状態になっているということです。4度にわたる中東戦争当時と今ではアラブのイスラエルに対する敵対心は完全に骨抜きになっているのです。戦っても勝てる相手ではないでしょう。今回の両国の合意はトランプ大統領の仲介によるものです。この協定はトランプ大統領の思惑で実現したものです。ユダヤ人がイスラエルを建国して以来、パレスチナ問題が発生しユダヤ人対パレスチナ人という対立がイスラエル対アラブ諸国という対立の構造になっていました。イスラエルは国際法違反といわれながらもパレスチナのエリアに侵略してきました。長年の紛争が解決されることもなく現在に至り、アラブ諸国のパレスチナ問題に対する考え方が変化してきました。サウジアラビアの王子は訪米した際に「パレスチナ問題は重要ではない」というような発言もしています。一方で、イランでは1979年に革命により王政が崩壊しました。湾岸のアラブ諸国は殆どが王政です。イランからの革命の輸出を恐れました。それ以来イランと対立するようになっています。イランはシーア派、アラブ側はスンニ派が主流なので両者の対立があるというのは短絡的な発想です。イスラムの宗派の違いはこの場合の根本的な原因ではありません。今、トランプがこのような仲介をするということは、パレスチナ問題で対立していたイスラエルの敵であるアラブ諸国に対して、彼らの敵をイスラエルではなくてイランに変えようとしているのです。イランに対してアメリカが敵対していることは明白な事実ですね。

今回の合意に続いて、おそらくサウジアラビアもイスラエルと合意する可能性が大でしょう。他の国も追従してくるでしょう。そのようにアメリカは働きかけるでしょう。そしてイランを封じ込めようとするのです。トランプの思惑は近づいた大統領選挙です。苦戦が予想されています。是非ともユダヤ系の有権者の支持を得るがために彼は必至なのです。今回の合意を平和への一歩だと歓迎するメディアもあるようですが、本質を見極めることができていないと思います。それでは現地新聞に目を向けてみましょう。

当事国のリーダー、それに仲介役の米大統領の3者の顔写真を並べて、締結した共同声明の全文を掲載しています。興味ある方は読んでみてください。日本の新聞でも和訳で明日頃には掲載されるかと思います。

US President Donald J. Trump, Prime Minister Benjamin Netanyahu of Israel, and His Highness Sheikh Mohamed bin Zayed Al-Nahyan, Crown Prince of Abu Dhabi and Deputy Supreme Commander of the UAE Armed Forces, spoke Thursday and agreed to the full normalization of relations between Israel and the UAE.

This historic diplomatic breakthrough will advance peace in the Middle East region and is a testament to the bold diplomacy and vision of the three leaders and the courage of the UAE and Israel to chart a new path that will unlock the great potential in the region. All three countries face many common challenges and will mutually benefit from today’s historic achievement.

Delegations from Israel and the UAE will meet in the coming weeks to sign bilateral agreements regarding investment, tourism, direct flights, security, telecommunications, technology, energy, healthcare, culture, the environment, the establishment of reciprocal embassies, and other areas of mutual benefit. Opening direct ties between two of the Middle East’s most dynamic societies and advanced economies will transform the region by spurring economic growth, enhancing technological innovation, and forging closer people-to-people relations.

As a result of this diplomatic breakthrough and at the request of President Trump with the support of the UAE, Israel will suspend declaring sovereignty over areas outlined in the President’s Vision for Peace and focus its efforts now on expanding ties with other countries in the Arab and Muslim world. The US Israel and the UAE are confident that additional diplomatic breakthroughs with other nations are possible, and will work together to achieve this goal.

The UAE and Israel will immediately expand and accelerate cooperation regarding the treatment of and the development of a vaccine for the coronavirus. Working together, these efforts will help save Muslim, Jewish, and Christian lives throughout the region.

This normalisation of relations and peaceful diplomacy will bring together two of America’s most reliable and capable regional partners. Israel and the UAE will join with the US to launch a Strategic Agenda for the Middle East to expand diplomatic, trade, and security cooperation. Along with the US, Israel and the UAE share a similar outlook regarding the threats and opportunities in the region, as well as a shared commitment to promoting stability through diplomatic engagement, increased economic integration, and closer security coordination. Today’s agreement will lead to better lives for the peoples of the UAE, Israel, and the region.

The United States and Israel recall with gratitude the appearance of the UAE at the White House reception held on January 28, 2020, at which President Trump presented his Vision for Peace, and express their appreciation for UAE’s related supportive statements. The parties will continue their efforts in this regard to achieve a just, comprehensive and enduring resolution to the Israeli-Palestinian conflict. As set forth in the Vision for Peace, all Muslims who come in peace may visit and pray at the Al-Aqsa Mosque, and Jerusalem’s other holy sites should remain open for peaceful worshippers of all faiths.

Prime Minister Netanyahu and Crown Prince Sheikh Mohamed bin Zayed Al-Nahyan express their deep appreciation to President Trump for his dedication to peace in the region and to the pragmatic and unique approach he has taken to achieve it.

そして、パレスチナのアッバス議長が、協定にdismay つまり、がっかりだと表明しています。

そして、既に国交を樹立しているヨルダンのヨルダンタイムズは次の画面でした。

そしてイスラエルと最も対立しているイランはUAEは地域の安定を考えなければならないと当然反発しています。

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閑話休題:日本・猛暑の夏

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例年より遅く梅雨明けした日本は猛暑の夏を迎えています。最高気温が35度以上の日が続いており、今日8月10日は37度位が予想されています。私自身も連日クーラーの中で過ごす時間が多くなっています。コロナで外出は控えいるので、クーラーのきいた涼しい部屋にこもりっきりというのは身体にあまり良いとは思えません。

今回は、「この程度の暑さは大したことではない」と私の頭を洗脳するために、中東地域の都市の気温をチェックしてみました。データの出典は日本気象協会 https://tenki.jp/world/ を利用させて頂きました。8月10日の日本時間で午前5時発表となっています。

都市 最高 最低 平均
湿度%
サウジアラビア リヤド 42 27 12
トルコ イスタンブール 33 22 58
UAE ドバイ 44 31 62
レバノン ベイルート 28 23 71
バーレーン バーレーン 37 34 48
イラン テヘラン 38 21 18
シーラーズ 44 20 47
イスファハン 41 17 34

やはり、暑いですね。暑いどころか熱いような気がします。最高が40℃を超えるのが殆どです。日本でも40℃を超えることはありますが、それほど多くはありません。そして、最低気温が結構涼しいくらいの温度だということです。20℃台の下の方、イスファハンではなんと17℃となっています。一番暑くて不快そうなのはバーレーンでしょうか最高は37℃ですが、最低が34℃なのです。34度以下にならないのは私ならちょっと・・・ですが、そこで住んでいる人は適応するのでしょうね。

日本でよく言われるのは、気温がそう高くなくても、「湿度が高いからいやだね」ということです。それに比べると中東地域は相対的に湿度は低いです。でも、ペルシャ湾岸などは湿度も高いところがありますが、この統計ではドバイが62%、バーレーンが48%という程度です。

私が住んでいたことのあるテヘランをみると、最高37℃、最低21℃です。湿度は18%。この統計は発表のあった日の記録ですから、年間の最高気温ではありません。明日は40℃を超すかもしれません。実際私もテヘランで40℃超は何度も経験しました。朝は少し涼しいけど午後にはすごく暑い。でも木陰や影に行くと涼しさを感じました。それは湿度が低いからです。この統計では18%ですから、カラカラ状態ですね。あの頃は若かったので、午前の仕事を終えて、午後というか夕方4時半からの仕事再開の間にホテルのプールにいって軽食をとり泳いだりしたものでした。プールから外にでると、空気が乾燥しているので一気に乾きます。そして気化熱の影響で身体が冷えるのです。注射を打つ時に腕をアルコールで消毒すると冷っとするようなものです。湿度が低く乾燥しているということです。他には、日本人ですからよく集まっては麻雀をすることがありました。その麻雀牌なのですが、使っているうちにヒビが出てくるのです。さすがに割れることはありませんが、牌にヒビ傷が入るようになると、それが目印になって相手の牌が読めるようになったりしたものです。また、尺八が趣味な人が、尺八が乾燥して割れたということも聞きました。気温の話から、ついつい昔のことを思い出してしまいました。

結論です。中東に較べると日本の夏はまだ生易しいということです。これでこの夏も乗り切れそう!乗り切りましょう!

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狂った世界

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これは7月25日の中日新聞の記事である。米軍機2機がイランの旅客機に接近したために、旅客機が急降下した。それにより乗客に負傷者がでたという記事である。記事が伝えているように、負傷者の様子が動画でも流れたのを私もネットで見たのである。旅客機がテロリストに武器を運んでいるので、同航空に制裁を課しているとも記している。一般乗客を巻き込む大惨事になるおそれのあることを米国は行っている。イランの新聞は接近した米軍機の画像をトップにアップしている。抗議の応酬だけで大事には至らなかったがキナ臭い話である。

いま、中国と米国との関係も悪化している。在米中国領事館、在中アメリカ領事館が相互に閉鎖の応酬をおこなったようにここでも緊張が高まっている。そして、イランでは軍事や核施設、工場などで大規模な火災や爆発が止まらないと、29日の中日新聞は報じている。6月下旬以降に少なくとも12件発生しており、当局は「事故」と説明しているようである。しかしながら、それは表向きの発表であり、裏では外国勢力の関与が取りざたされているのである。

コロナが一向に収束の方向に向かわない世界の中で、団結してコロナに立ち向かう何の姿勢も見せないのが今の世界だ。協力どころか今後開発される期待のワクチンを自国で確保しようと競争する姿は醜悪である。世界の指導者はこんな時こそ、穏やかな社会を築こうと手をつなぐべきではないのだろうか。我が国も同類である。コロナの最中に旅行に行けという政府。温泉に入って仕事するのもいいよと「ワーケイション?」などという政府。どこか狂っていないだろうか。

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「アヤソフィアのモスク化」のその後

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このブログで、7月13日にトルコ政府がアヤソフィアをモスクにする決定をしたことを書きました。今回は、そのアヤソフィアにて初の金曜礼拝が行われたという新聞記事(7月25日・中日新聞)を紹介します。モスクに変更されたアヤソフィアで24日に初の金曜礼拝が行われ、エルドアン大統領も出席したと報じている。トルコ国内でも賛否両論があり、複雑な問題ではある。アヤソフィアで礼拝できることを素直に嬉しく思うムスリムがいる。これは極めて自然なことであろう。一方で、イスタンブール市内にはすでに三千近いモスクがあり、市民の間には「礼拝時にほとんど人がいないモスクもあるのに、なぜこれ以上必要なのか」という声もあるそうだ。モスクとしての機能だけを求めるなら、モスク化は必然性がないとも言えよう。また、アヤソフィアに訪れる観光客から得る収入は大きいので、外貨獲得という面ではマイナスであろうとも。今後もこれまでのように観光ツアーも入れるようであるが、礼拝時だとかイスラムの行事のときを避けるようなツアースケジュールを強いられるようである。

時代の流れとアヤソフィア:
537年・・・・ ギリシャ正教の重要な聖堂として建設
1453年・・・   オスマン帝国がビザンツ帝国を滅ぼす
1453年・・・・アヤソフィアがモスクに転用された
1934年・・・・トルコ政府が博物館とする閣議決定
2020年・・・・行政裁判所がその決定を無効と判断しモスクとなった

オスマン帝国が第一次大戦で敗れ、新生トルコが誕生した。一時はセーブル条約でトルコの領土分割が行われたが、立ち上がったケマルが連合国側と再交渉してローザンヌ条約にこぎつけて、今のトルコを築き上げた。ケマルの頭にはトルコの将来のためには民族や宗教ということにとらわれない国家を描いていた。従って政教分離をすすめた。イスラム世界でいう世俗化である。もっと言えば、極端であるが、トルコにいるのは皆トルコ人である。クルド人はいない。クルド人はトルコ語を忘れた山岳トルコ人であるといった。民族や宗教に関係なく国民国家というようなものを作ろうとしたのだった。当然イスラム色は排除である。
ところが時代の流れと共に、世界中が変化してきた。イスラム世界ではイスラム復興の掛け声が高まった。イランでは革命によってイスラム共和国が生まれた。・・・・エルドアン大統領が率いるトルコではイスラム色の強い政策が進められてきた。今回のアヤソフィアのモスク化はモスクとしての必然性などとは関係なく政治的なパフォーマンスなのである。求心力が弱くなった指導者は極端な政策をとって注意を我に引き寄せようとする。アメリカのトランプもそうである。彼が大統領になって以後、やりたい放題である(特に米大使館のエルサレム移転)。それでもそれを指示する層がいるのである。

今回のアヤソフィア問題では前回心配だと書いた「モザイクの壁画」が布で隠されることになるようである。破壊されなくてホッとしているのである。

 

 

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トルコ政府が「アヤソフィアのモスク化」を決定

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昨日のニュースでトルコのアヤ・ソフィアがモスク化されることになったと報じられました。世界各国から批判的なコメントが出ていることも。トルコに旅行されたなら、イスタンブールで必ず訪れる名所です。近くのスルタン・ハフメドモスクと共に多くの人が訪れるところです。このアヤ・ソフィアについて岩波書店発行の『新イスラム事典』は次のように記しています。

537年ビザンティン皇帝ユスティニアヌス1世によって首都コンスタンティノープルに造営されたギリシャ正教会の最も重要な聖堂。直径32m、高さ54mの大ドームを中心にすえ、内部はモザイクで覆われた。1453年にコンスタンティノープルがオスマン帝国に征服されると、ただちにモスクに改造された。16世紀の建築家シナンは、このビザンティン建築の最高傑作をしのぐために苦心した末、スレイマニエ・モスクなどトルコ・イスラム建築の傑作を残した。19世紀末にアヤ・ソフィアをギリシア正教会に復帰させようとの国際世論もあったが、1935年にトルコ共和国政府によって博物館とされた。近年、イスラム復興運動の高まりにより、博物館の一角がモスクとしても使われている。

建築家シナンのことは、このブログでも書いたことがある。気になる方は、目次から検索して遡って読んで頂きたい。もともとキリスト教徒であったシナンではあったが、イスラムに改宗し、そして、イスラム建築の傑作を生みだしたのである。

キリスト教会から転用したために、モスクとなったアヤ・ソフィアでは内部のモザイクの人物の部分を塗りつぶしたのであった。博物館となったアヤ・ソフィアではその部分をはがして元のモザイク画を見ることができる。それが次の写真である。もう、20年ほど前に私が学生をつれて旅行した時に写したものである。

今回のニュースを聞いて私が思うのは、アヤ・ソフィアをモスクにすることの是非ではない。オスマン帝国の人々が奪い取った領土にあった宗教施設を自分たちの宗教に合わせて利用したのなら非難はできまい。まして、その後の時代の流れに応じて、博物館としての扱いをしたことも讃えられることではないだろうか。しかし、今回の決定によって、アヤ・ソフィアの先ほどお示ししたような露わになっていたモザイク画がどう扱われるのかということが心配である。

私自身はイスラムの精神は寛容である(寛容な宗教であるとは言わない)と思っている。しかし、偶像崇拝を嫌うためにバーミアンなど各地で貴重な文化財を破壊したイスラム教徒と称する連中と同じようなことをして欲しくないのである。イスラムの寛容さを見てみたいのである。

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