ペルシャ語講座31:数に関する表現

以前のペルシャ語講座14あたりで数の表し方を扱っています。今回は数に関連してもう少し詳しく述べて見たいと思います。
まずは1~10です。序数とは英語なら、first, second, third・・・というものです。

基数 読み方 序数 読み方
1 یک  yek  یکم  yekom
2 دو do دوم dovvom
3 سه se سوم sevvom
4 چهار chahar چهارم chaharom
5 پنج panj پنچم panjom
6 شش shesh ششم sheshom
7 هفت haft هفتم haftm
8 هشت hasht هشتم hashtom
9 نه noh نهم nohom
10 ده dah دهم dahom

1に対して1stは yekom ですが、yek を yak と発音する人は yakom と発音しています。しかしながら、普通はアラビア語由来の avval アッヴァルを使うことの方が多いでしょう。例えば first night なら شت اول シャベ・アッヴァル というわけです。farvardin 月の最初の日 なら روز اول فروردین  ルウゼ アッヴァル ファルヴァルディン となります。

以後、箇条書き風に述べていきましょう。
一度や二度という場合の言い方は yek daffe,  yek bar, yek martabe でいいでしょう。二度なら yek の部分を do ドウにして下さい。daffe, bar, martabeは回数や度数などを表す言葉です。それぞれ دفحه بار مرتبه と書きます。

日本語では物を数えるときに例えば本なら冊、動物なら頭(トウ)などと付けますが、ペルシャ語も同様です。
2頭の馬=دو رأس اسب  ドウ ラス アスブ
2冊の本=دو جلد کتاب  ドウ ジェルド ケターブ
2人(二人)=دو نفر  ドウ ナファル
鉛筆のような小さなものの場合は adad を使って 彼は5本の鉛筆を買った پنج عدد مداد خرید
複などの場合は dast を使って、私は1着のスーツを買った یک دست لباس خریدم
一軒の家を彼は買ったの場合は門という意味のba-b باب を使って、
یک باب خانه جرید
卵のような小さなものは da-neを使って、彼は卵を10個持ってきた
ده دانه تخم مرغ آورد
まだまだ沢山ありますが、これ位にしておきましょう。

カップ一杯のお茶=یک فنحان چای  yek fenjan chai   イエク フェンジャーン チャイ
コップ一杯の水=یک لیوان آب  yek livan a-b  イエク リヴァーン アーブ

 

アラビア書道について

これまで何度かアラビア書道の記事を書きました。いずれも作品展に提出したものをアップして、その内容などを簡単に紹介するものでした。今回は少しまとめてアラビア書道とはどのようなものかと紹介してみようと思います。一人でも興味・関心を持っていただいて、トライしてみようという方がおられたら嬉しいのですが。

アラビア書道とは、日本の書道とは少々異なるのは勿論です。当然ながらアラビア語を書くわけです。アラビア語はアラビア文字を使いますから、アラビア書道はアラビア文字を書くことになります。が、アラビア文字を使用するのはアラビア語だけではありません。ペルシャ語やウルドー語でも使いますので、アラビア書道はアラビア語だけのものではありません。もちろんペルシャ語のアラビア書道はペルシャ書道ということになるのでしょうが、アラビア語で書くアラビア書道の中に、ナスタアリーク書体(ペルシャ書体)という書体もあるのです。

アラビア書道の主な書体
書体の話になりましたので、書体について説明しましょう。日本の書道でも楷書、草書、行書、隷書、篆書などとあるように、アラビア書道にもあります。
上の画像は私たちが最初に習うナスヒー書体のテキストの冒頭にある書体の紹介です。上からナスヒー書体、ルクア書体、ディーワーニー書体、シャリー・ディーワーニー書体、スルス書体、ナスタアリーク書体(ペルシャ書体)、クーフィー書体と順番に習っていくわけです。各書体の説明が右側にあるのですが、小さくて読めないかもしれませんね。アラブ人が手書きで文字を書く時の書体がルクア書体です。コーランやモスクの壁に書かれているのはスルス書体です。ディーワーニー書体はオスマン帝国の政庁で開発されたもので、スルタンが発布する勅書などに使われた書体です。

アラビア書道の道具類
書道ですから、筆と墨と紙があればいいわけです。

筆は普通は細い葦、あるいは竹を使います。基本的には自分で削って作ります。日本では竹の方が入手しやすいので私たちはもっぱら竹を使います。葦の筆も使ったことがありますが、竹の方が耐久性があって使い勝手がいいです。


墨(インク)は日本の書道用の墨汁を使っています。百均ショップので十分です。黒色です。でもアラビア書道の作品集などを見ると黒以外に緑や青なども使われています。私も、たまには青で書くことがありますが、これは粉インクです。ペルシャ雑貨の店で売っているのですが粉を瓶に詰めて売っています。次の画像の上は墨汁の黒色で、下が粉インクの青です。

用紙・紙
竹の固い筆を使うので、紙は少し厚めで表面がツルツルした滑りのいい紙を使います。私たちは教室の先生からアート紙という用紙を分けてもらっています。普通の紙に書く場合は昔は卵白を刷毛で塗って、その上を擦ってすべすべにしたそうです。現代的な方法としては画材店で売っているグロス・ポリマー・メジウムという液体を水で薄めて何回か塗り重ねた後乾かして使うそうです。次に画像を上げましたが、真ん中の白い紙が練習用で、作品展に出すときなど清書するときは両サイドのような周りに装飾が施された用紙などを利用しています。

そこに書いてみると次の画像のようになります。左は先生に書いていただいたお手本です。右がいま練習している途中のものです。もう少し練習しなければなりません。

テキスト・教本
筆と墨と用紙が揃ったら、アラビア書道を開始することができます。私たちは先生から日本語のテキストを入手することができますので不自由はありません。今私が使っているテキストの一部をちょっと覗いて見てください。
1枚目の画像の左側はペルシャ雑貨店で入手した現地の教本です。

ついでに現地のテキストの中もお見せしておきましょう。

教室など
さて、アラビア書道をやってみたいと思われませんか?そうした場合にはアラビア書道協会の教室を訪ねてみてください。検索すれば、ホームページがすぐにでてきます。東京周辺は勿論、名古屋、大阪、京都、神戸、大阪にも教室がありますので、ホームページで確認してください。

ペルシャ語講座30:夏の言葉

暑い夏が続きます。先日は岐阜県多治見市で40度超えました。その前の日に多治見のスーパー銭湯に行ってきたのですが、その日もかなり暑かったです。暑いと言えば中東地域は非常に暑いことは言うまでもありません。でも、中東と言っても広いので、場所によっては差があるのは当然です。私がよく知っているのはイランですが、テヘランの夏は非常に暑かったことを思い出します。40度は軽く超えてました。でも湿度が低いので陰では爽やかさを感じることができました。

初めてイランに行ったのが1971年でしたが、その当時の私の会社の勤務は午前と夕方の2部に分かれていました。昼に一度家に帰って、食事して昼寝などの休憩をして、夕方会社に戻るという方式でした。私は独身でしたし、昼寝をする習慣もなかったので、よくホテルに行ったものでした。そこでサンドイッチ程度の軽食を食べて、屋外プールを利用したものです。裸になり一度プールに入って、プールサイドに上がると、気化熱が働いて身体から熱が奪われて寒い位になりました。そんな風な形で避暑をしていました。そのホテルの名はVanak hotel でした。そのころは日本からJALが飛んでましたので、日航の客室乗務員の女性たちの宿泊ホテルになっていたので、プールサイドには彼女たちがいて癒されたものでした。

今回は、暑さや寒さに関する言葉などを取り上げて見ましょう。
暑い季節の夏はターベスターン=تابستان で、反対の冬はゼメスターン زمستان です。春はバハールبهار   秋はパーイーズ  پاییز です。季節は ファスル fasl  فصل です。
暑いときはプールで泳ぎます。プールはestakhr エスタックル استخر : 海は  ダルヤー دریا 湖はダルヤーチェدریاچه  川はルードハーネ رودخانه です。私は」プールで泳ぎました= ダル エスタックル シェナー カルダム = در استخر شنا کردم いつも言うように動詞の語尾が一人称を示しているので、マンは不要です。泳ぐは シェナー カルダン です。
暑いは ギャルム گرم  寒いは サルド سرد  うだるように暑いはダーq داغ です。ギャルムは暖かいときも使えますから、暑いは非常にをつけてkheili ギャルムがいいかもしれません。だーqは沸騰するような暑さです。日本のような湿度の高い状態の形容詞は マルツーブ مرطوب です。

まだあまり長く書いていないのですが、クーラーを入れずに書いているので、非常に暑くなってきました。熱中症にならないように今日はここまでにしておきます。

東京五輪閉幕:中東諸国のメダル数

2021年8月8日、TOKYO2020・東京五輪が閉幕しました。コロナ禍の下で開催賛否両論の中での開催でした。野球では台湾が参加を見合わせました。個人ではコロナ陽性のために出場できなかったアスリートもいれば、自ら参加を辞退したアスリートもいました。開催の裏には様々な背景があるわけですが、ともかく終了しました。そこで、このサイトでは中東諸国のメダル数をチェックしました。今朝のメディアから作成してみました。金メダルの数を優先して順位づけしています。まずは1位から10位までをあげて、その下に中東諸国を並べています。結局、メダルを大量に獲得しているのは先進国です。ここに挙げた中東諸国9か国のメダル数は38個です。アメリカは1国で中東全体の3倍ほどの獲得です。1位から6位、それに10位のイタリアが中東全体より多く獲得しており、7から9位のオランダ、フランス、ドイツは中東合計数とほぼ同じ数でした。

順位
1位 米国 39 41 33 113
2位 中国 38 32 18 88
3位 日本 27 14 17 58
4位 英国 22 21 22 65
5位 ROC 20 28 23 71
6位 豪州 17 7 22 46
7位 オランダ 10 12 14 36
8位 フランス 10 12 11 33
9位 ドイツ 10 11 16 37
10位 イタリア 10 10 20 40
27位 イラン 3 2 2 7
35位 トルコ 2 2 9 13
39位 イスラエル 2 0 2 4
41位 カタール 2 0 1 3
54位 エジプト 1 1 4 6
74位 ヨルダン 0 1 1 2
77位 バーレーン 0 1 0 1
77位 サウジアラビア 0 1 0 1
86位 シリア 0 0 1 1

長年の努力が実を結び、快挙を成し遂げたアスリートもいれば、そうでなかった者もいます。色々なドラマがありました。今回は10代の若い人たちが大活躍でした。本来のオリンピック精神からかけ離れてしまった今のオリンピックを私は否定的に見ていますが、そこに参加するアスリートたちの活躍には応援をし、感動もしました。でも、最終的にオリンピックから見えてきたことの一つは国別メダル数の偏りです。それは世界の格差でしかありません。

コーランについて(10):第104章・・・中傷者

最近のネット社会では誹謗中傷が酷い状態であるらしい。まもなく閉会となる東京オリンピックに出場したアスリートたちに対するものも非常に多いようである。コーランを見ると第104章に「中傷者」という章があるので、それを見ることにしよう。

ええ呪われよ、よるとさわると他人の陰口
宝を山と貯めこんで、暇さえあれば銭勘定

これだけあればもう不老不死と思ってか。
いやいや、つぶし釜(なんでも粉々につぶしてしまうもの。地獄を指す)に叩き込まれる身のさだめ。
が、さて、つぶし釜とはそもなんぞやとなんで知る。
ぼうぼうと焚きつけられた神の火で、
忽ち心(投げこまれる罪人の心臓)を舐めつくし、
頭の上から蓋をして、
蜿々長蛇の柱とはなる(はてしなく続く柱の列のように火焔が燃え立つのである)。

後半は少し分かりにくいかもしれないが、要は人を中傷するような輩は地獄に落ちるんだということ。金をため込んで銭勘定ばかりするような輩は、貯め込んだ財産が不老不死を与えてくれると思っているのかもしれないが、そんな輩も地獄へ落ちるということだ。そして、地獄というのは、前回にも出て来たが、劫火の責めを受ける処である。最後の審判で地獄行となった者は火で焼かれるが、彼らは既に死を経験しており、地下のあの世から、喇叭の音によって復活した者どもである。一度死んでいるので、再び死ぬことはない者どもである。つまり、酷い劫火に焼かれても、死ぬことはなく、永遠に火の攻めを受けるのである。もう殺してくれと泣き叫んでも、死なずに、一生苦しみ続けるのである。一生というのは可笑しいな!

とにかく、イスラムの地獄での苦しみはコーランのあちこちで述べられている。その部分だけを抜き書きして整理するだけで学位論文が書けるかもしれない。世界中の人々が、他人を誹謗中傷したりすると地獄に落ちることを心に留めておいてもらいたいものである。

コーランについて(9):第99章・・・地震

コーランの章は全部で114章である。そして、その順番は長い章が前にあり、短い章が後ろにあるそうだ。だから、最後の方の章は非常に短い記述となっている。短いと我々にとっても読みやすいし、分かりやすい気がする。そこで今回紹介するのは第99章の「地震」である。全8節の構成である。この程度なら全文を紹介できる。いつものように井筒俊彦訳である。

① 大地がぐらぐら大揺れに揺れ、
② 大地がその荷を全部吐き出し(地下の死者が一人のこらず発き出される)。
③ 「やれ、どうしたことか」と人が言う、
④ その日こそ、(大地)が一部始終を語り出でよう(天地終末の意味を大地が語るであろう)、
⑤ 神様のお告げそのままに。
⑥ その日こそ、人間は続々と群れなして現われ(地中から復活して出て来る)、己が所業(現世で自分がどんなことをしていたか)を目のあたり見せられる。
⑦ ただ一粒の重みでも善をした者はそれを見る(それを見る、とは自分のしたその善事を改めて見せられ、それに応じた褒美を戴くこと)。
⑧ ただ一粒の重みでも悪をした者はそれを見る。

この章は最後の審判のことを述べているのである。つまり、最後の審判の時に大地がぐらぐら揺れる地震が起きて、大地から死者が復活して、最後の審判を受けるのだぞということだ。
最後の審判では生前に善をなしたものは褒美を受けて、楽園に行けるのであるが、悪をなしたものには地獄に落とされる罰が下るということである。その罰についてはコーランの色々な章で陳べられている。過酷な火攻めに苦し悶える地獄で永遠に住むために蘇るのである。

復活から最後の審判に至る筋道は「第39章群れなす人々」の中で次のように述べられている。
嚠喨と喇叭が鳴り渡れば(復活の瞬間の描写)、天にあるものも地にあるものも、愕然として気を失う。アッラーの特別の思召しによる者以外は誰も彼も。次いでもう一度吹き鳴らされると、みな起き上がってあたりを見廻す。
大地は主の御光に皎々と照り輝き、帳簿(一切の人間の運命を記入した天の帳簿)が持ち出され、すべての預言者、あらゆる証人が入場して来て、公正な裁きが始まる。誰も不当な扱いを受けることはない。誰もが自分のしただけの報いをきちんと頂戴する。誰が何をして来たか。(アッラー)が一番よく御存知。

ここまで具体的に述べられていると、映像が浮かぶ感じである。この喇叭をふくのは天使の一人イスラーフィールである。復活した人間は生前の所業が記録された帳簿と証人によって裁かれる。誰も言い逃れはできない。それゆえ、生前の行為は重要になるわけである。

オリンピック開催中:バレーボール「イラン―日本」戦

東京オリンピックが始まって、既に1/2程が経過しました。日本は柔道での結果が素晴らしく、金メダルが続出して勢いがつきました。卓球混合ダブルスの金メダルでも日本中が盛り上がりましたね。一方で、コロナ禍の下で「それどころではない!」という医療従事者や感染した人々も沢山いるのが現状です。7月末から東京の感染者が3千人超が続いています。4千人超の日もありました。私自身はコロナに関係なくオリンピック反対なので、一部の競技を静かにテレビ観戦しています。
そんな中、8月1日の男子バレーボールの予選を見ました。日本ーイランの試合でした。どちらもこの試合に勝てば決勝リーグに進出できるということで熱戦が繰り広げられました。このブログは中東寄りのサイトですので、どちらも応援しました。テレビに映るイランの選手の映像を写してインスタグラムにアップしました。ここにも紹介しましょう。

インスタグラムではイランの人々から「いいね」を頂きました。この時点では1-1という状態でした。その後1-2とイランがリードし、そのあと日本が踏ん張って2-2となりました。最終5セットに突入し、そこでも接戦の結果、日本が勝ったのでした。イランチームはアジアで一番強いチームだそうでしたが、開催国の利もあったのでしょうか。決勝リーグでの日本の勝利は厳しいのでしょうが、頑張ってほしいものです。

書籍紹介:Cambridge History of Iran

このブログが「イスラム・中東世界への招待」と題しているように、私は高校生時代から中東地域に興味・関心を抱いていた。きっかけは世界史で習った世界の四大文明のうちメソポタミア文明とエジプト文明の二つが中東地域にあったこと。そしてアケメネス朝ペルシャの都・ペルセポリスの写真が世界史の教科書の冒頭に載っていたことなどだった。また、日本には石油がないので海外から輸入しなければならない。中東にはその石油が豊富にあるのだった。日本は中東の国々と良好な関係を保っていく必要があると思っていた。当時はイスラムがどうのこうのという雑音は殆どなかったように思う。それだけまだ外国との関係が一般市民の間では薄かったと思う。

前置きが長くなったが今日の本題は書籍紹介である。冒頭にその本の画像をアップした。これでは厚さが分からないから次の画像をアップした。
かなり分厚い本である。8冊である。1巻から順に紹介すると:
1. The Land of Iran
2. The Median and Achaemenian Periods
3-1. The Seleu
cid, Parthian and Sasanian Periods
3-2. The Seleucid, Parthian and Sasanian Periods
4. From The Arab Invasion to the Seljuqs
5. The Seljuq and Mongol Periods
6. The Timurid and Safavid Periods
7. From Nadir Shah to the Islamic Republic である。日本語にすると:
1.イランの国土
2.メディア王国とアケメネス朝期
3.セレウコス朝、パルティア、ササン朝時代であるが、この3巻は2冊である。
4.アラブの侵入からセルジューク朝時代
5.セルジュ―ク朝からモンゴル襲来の時代
6.ティムールの時代からサファヴィー朝の時代
7.ナーデル・シャーの時代からイスラム共和国の時代  である。

普通イランの歴史というとアケメネス朝からのものが多いが、ここではその前身のメディア時代から詳述されている。アケメネス朝を創設したキュロス大王の前の時代はメディアがペルシャを支配していたのである。
イランというとペルシャである。ペルシャ帝国というと先ずアケメネス朝、そして我々日本に馴染みの深いササン朝であり、イランの歴史の中でもっとも繁栄したサファヴィー朝を想うのであるが、それ以外に数多くの王朝が歴史をつないだわけである。言い換えれば侵略されたわけである。

7世紀にアラビア半島でイスラムが生まれ、それが周辺世界へと拡大していった。ササン朝ペルシャはイスラムによって崩壊し、ペルシャはイスラム化していった。されど、イスラム化された社会の中で、ササン朝の文明までを築いてきたペルシャ人たちはイスラムの支配下の中でもその存在価値を発揮して生き残ってきた。アラブの侵略だけでなく、モンゴルの襲来によっても大々的な破壊が行われた。四方を海に囲まれた日本の歴史とは異なる血生臭い歴史である。老後のためにゆっくり読もうと思って買いそろえていた全8巻である。そろそろ読み始めることにしよう。

この歴史書はアマゾンで買うことができる。一冊3万円程する非常に高価なものである。私が買ったのはずっと前のことだからそれほどはしなかったが決して安いものではなかった。ボケ防止のためにも、宝の持ち腐れにならないように活用することにしよう。

コーランについて(8):第5章・・・食卓③

Pixabayからの画像

7月も月末になり猛暑が続いています。オリンピックが始まって連日日本のメダルが増えているのは明るいニュースです。この明るいニュースがコロナを吹っ飛ばしてくれることを期待したのですが、そうはいかないようですね。昨日27日の感染者が急増しました。東京は2800人ほど、そのほか埼玉や大阪も増えました。一昨日は青森で震度4,今朝は東北地方に台風8号が上陸と色々なことが起きている日本列島です。

こんな時には神に祈り、救いを求めたい気がしないわけではありません。それはそれとして、私は静かに過ごすことにしています。さて、前置きが長くなりましたが、本題に入りましょう。前回、前々回は「第5章食卓」でした。この2回で終わりにしようと思ったのですが、この章には食べ物以外のことも沢山述べられていましたね。でも、タイトルが食卓となっている理由を最後に紹介しておきたいと思います。

112節:さて、その弟子たちが言うことには、「マルヤムの子イーサー様、貴方の主は私たちに天から食卓を下すことがおできになるでしょうか」と。彼は「アッラーを懼れまつれ、もし、お前たち本当の信者であるならば」と答える。
113節:彼らが言うに、「私たち実際に(そういう有難い食卓から)食べて見たら、気持ちもすっかり落ちついて、貴方の仰しゃったことが本当だったということもわかって、立派な証人になることができようと思いまして」と。

人々の「神は我らに食を恵み与えてくれるのでしょうか」という問いに、イーサーは「お前たちが本当の信者なら、神は与えてくれよう」と答えたわけですね。それに対して人々は「実際に与えて見てくれたら、それが本当だという証人になりまっせ!」というやり取りの部分があるわけです。この部分から「食卓」という章の名前になったということです。イーサーとはイエスキリストのこと、マリヤムは聖母マリアであることはお分かりですね。イエスもイスラムでは預言者の一人なのです。

コーランについて(7):第5章・・・食卓②

第5章:食卓の章の続きです。
食卓という章の名前ですが、色々なことが書かれています。次のように礼拝の時の所作についてもここで述べられています。

これ汝ら、信徒の者、礼拝のために立ち上がる場合は、まず顔を洗い、次に両手を肘まで洗え。それから頭を擦り、両足の踝のところまで擦れ(これは斎めの象徴的動作で心身の清浄を来す)。
けがれの状態にあるときは、それを特に浄めなくてはならぬ。だが、病気の時、または旅路にある時、あるいはまた汝らのうち誰でも隠れ場(便所のこと)から出て来たとか妻に触れて来たとかした場合、もし水が見つからなかったら、きれいな砂を取って、それで顔と手を擦ればよろしい。アッラーは汝らをことさらいじめようとし給うわけではない。ただ汝らを浄め、そして汝らに充分の恵みを授けて、なろうことなら汝らが(神に)感謝の気持ちを抱くようにしてやりたいと思っておられるだけのこと。

礼拝の作法はイスラム関連本を見ると図で示されていることが多い。日本の神社でのお参りの作法は、「二礼二拍手一礼」
1.一度姿勢を正し、深いお辞儀を2回行う
2.胸の高さで、右手を少し引いて(ずらして)手を合わせる。 肩幅程度に両手を開き、2回打つ
3.手をきちんと合わせ、心を込めて祈る
4.深いお辞儀をする
などと説明書きがあるが、イスラムに比べると全然簡単である。
ただ、イスラムで感心するのは、できないときの対応を示していることである。前回の食物の取り方の場合も、どうしてもできない場合は許されるとあった。ここでも身を浄める水がなければ砂で擦ればいいのだと示している。他の場合でも断食ができなかった場合の穴埋めの方法なども事細かく示されている。次はユダヤ教徒やキリスト教徒に関する部分を取り上げよう。

かつてアッラーはイスラエルの子らと契約を結ばれたことがある。その時我ら(ここで人称が急にかわる。アッラーの自称)彼らの間から十二人の首長(十二支族の首長)を興し、アッラーが仰せられるには、「わしは汝らとともにあるぞよ。汝らもし礼拝を怠らず、定めの喜捨をこころよく出し、わしの遣わす使徒たちを信じてこれを助け、アッラーに立派な貸しつけをする(善行をすること。善行はアッラーに対する一種の貸しである)ならば、わしの方でも必ず汝らの悪行を赦し、必ず潺々と河川流れる楽園に入れてつかわそうぞ。だが、万一汝らのうち誰か、これほどまでにして戴いておきながらなお信仰にそむくなら、まことにそれこそ正しい道から遠く迷うというもの。
さればこそ彼らが契約に違反した時、我らはこれに呪詛をあびせ、その心を頑なにした。それで彼らは(聖典)の言葉を曲げて解釈し(ユダヤ人は聖書の文句を自分に都合がいいような意味に曲解しているという)たりしているうちに、ついには教えて戴いたものの一部をすっかり忘れてしまった。お前(ムハンマド)にしても、今後いつまでも彼らの裏切りに遭うことであろう。勿論ごく少数の例外はあるが。だが、赦してやれ、勘弁しておいてやれ。よいことをすれば必ずアッラーに愛していただけよう。

前回述べたように、ここに紹介している日本語訳は岩波文庫の井筒俊彦氏による訳文である。日本語訳で出版されているものも複数あり、それぞれが立派なものである。またネット上でも日本語訳を見ることができる。「イスラムのホームページ」http://islamjp.com/ と題するサイトでは上の部分を以下のように訳している。

5-12.アッラーは、以前にイスラエルの子孫と約束を結ばれ、われはかれらの中から12人の首長を立てた。そしてアッラーは仰せられた。「本当にわれはあなたがたと一緒にいるのである。もしあなたがたが礼拝の務めを守り、定めの喜捨をなし、われの使徒たちを信じて援助し、アッラーによい貸付をするならば、われは、必ずあなたがたの凡ての罪業を消滅し、川が下を流れる楽園にきっと入らせよう。今後あなたがたの中、これ(約束)を信じない者は、正しい道から迷い去る。
5-13.しかしかれらはこの約束を破ったので、われは見限って、かれらの心を頑なにした。かれらは(啓典の中の)字句の位置を変え、与えられた訓戒の一部分を忘れてしまった。それでかれらの中の少数の者以外は、いつも契約を破棄し、裏切りに出るであろう。だがかれらを許して見逃しなさい。」本当にアッラーは善い行いをする者を御好みになられる。

こうして並べて比べてみると、後者の方が頭にスーと入ってくるように思う。口語調のせいであろうか。そうなるとついでに作品社発行・中田孝監修の『日亜対訳クルアーン』の訳も気になってくる。以下に紹介しておこう。

アッラーはかつてイスラーイールの子孫からの確約を取り給い、われらは彼らのうちから十二人の首長(*語源的には広大さや傑出を意味する語で、保証人、信頼ある長、責任ある庇護者等の意味があるといわれる)を遣わした。そしてアッラーは仰せられた。「まこといわれはおまえたちと共にある。もしも、おまえたちが礼拝を遵守し浄財を払い、わが使徒たちを信じて彼らに助力し、アッラーに良い債券を貸付たならば、われはおまえたちからおまえたちの悪事を帳消しにし、おまえたちを下に河川が流れる楽園に必ずや入れよう。そしておまえたちのうち、その後に信仰を拒んだものは中庸の道から迷ったのである。」
だが、彼らの確約の破棄ゆえにわれらは彼らを呪い、彼らの心を頑なにした。彼らは言葉をその場所から捻じ曲げ、彼らに訓戒されたものの一部を忘れた(*「律法の書」を改竄し、その一部を破棄し、あるいは解釈を捻じ曲げた)。それでおまえは彼らのうちわずかな者を除き、彼らの裏切り(*あるいは「彼らのなかの裏切り者たち)を目にし続けるのである。それゆえ彼らを免じ、見逃せ(*これは9章29節、あるいは8章58節によって破棄された。破棄されなかったとの説もある)。まことに、アッラーは善をなす者を愛し給う。

こちらは注釈が頁の下に記されているが、ここでは( )内に記しておいた。十二人の首長という部分の意味がこの訳本ではきちんと説明があり、理解できた。また最後の注釈の部分で、破棄されたとかそうではないという風な記述がある。他の二つの訳ではどちらも免ずるあるいは赦すなどとなっているので、破棄されていないのが一般的なのであろうと理解できたりする。やはり、複数の訳を読むとより良く理解できるようである。