ノアの箱舟(続き):古代文書の洪水伝説

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ノアの箱舟の話は実はメソポタミアで実際に起きた事柄が基になっているのである。発見された数多くの粘土板に刻まれた楔形文字から様々なことが明らかになっているのだ。有名なのが『ギルガメシュ叙事詩』である。上の画像はちくま学芸文庫の表紙であるが、矢島文夫さんによる訳本である。これによれば、粘土板は1~11までが紹介されている。ギルガメシュ叙事詩のあらすじはエンキドウという王の物語であるが、それはさておいて11の粘土板の部分に洪水の話がでてきている。大雑排に纏めてみると次のようである。

皆で舟を造り始めた。舟は七日目に完成した。私の持てる銀のすべてをそこに置いた。私の持てる金のすべてをそこに置いた。私の持てる命あるもののすべてをそこへ置いた。私は家族や身寄りの者のすべてを船に乗せた。・・・・・・六日と六晩にわたって、風と洪水がおしよせ、台風が国土を荒らした。七日目がやって来ると、洪水の嵐は戦いにまけた。それは軍隊の打ち合いのような戦いだった。海は静まり、嵐はおさまり、洪水は引いた。・・・・七日目に私は鳩を解き放してやった。鳩は立ち去ったが、舞い戻ってきた。休み場所が見当たらなかったので、帰ってきた。私は燕を解き放してやった。・・・(同じように燕も戻ってきた。次に大烏を放ったが、帰ってこなかった)・・・そこで私は四つの風に(鳥のすべてを)解き放し、犠牲を捧げた。私は山の頂にお神酒を注いだ。・・・・・

舟を造って大洪水から逃れたという旧約聖書やコーランと同じようなあらすじであり、旧約聖書の物語の基がこれらの粘土板に書かれたメソポタミア、シュメール人の記録によるものなのだ。それだけでなく、洪水伝説を記述したものは数多く発見されているようである。つまり、大洪水は実際にあった出来事であったわけである。ウィキペディアによれば、イラクにおける発掘で、シュルッパクの洪水は紀元前2900年~紀元前2750年頃、ほぼキシュの街まで及んだことが証明されているそうである。

先日 3.11 から10年目を迎えたところであった。また昨日の20日には震度5強が宮城県で揺すった。ノアの箱舟の物語の基は自然災害の怖さを伝える人類の叫びであったのであろう。

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