コーランについて(9):第99章・・・地震

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コーランの章は全部で114章である。そして、その順番は長い章が前にあり、短い章が後ろにあるそうだ。だから、最後の方の章は非常に短い記述となっている。短いと我々にとっても読みやすいし、分かりやすい気がする。そこで今回紹介するのは第99章の「地震」である。全8節の構成である。この程度なら全文を紹介できる。いつものように井筒俊彦訳である。

① 大地がぐらぐら大揺れに揺れ、
② 大地がその荷を全部吐き出し(地下の死者が一人のこらず発き出される)。
③ 「やれ、どうしたことか」と人が言う、
④ その日こそ、(大地)が一部始終を語り出でよう(天地終末の意味を大地が語るであろう)、
⑤ 神様のお告げそのままに。
⑥ その日こそ、人間は続々と群れなして現われ(地中から復活して出て来る)、己が所業(現世で自分がどんなことをしていたか)を目のあたり見せられる。
⑦ ただ一粒の重みでも善をした者はそれを見る(それを見る、とは自分のしたその善事を改めて見せられ、それに応じた褒美を戴くこと)。
⑧ ただ一粒の重みでも悪をした者はそれを見る。

この章は最後の審判のことを述べているのである。つまり、最後の審判の時に大地がぐらぐら揺れる地震が起きて、大地から死者が復活して、最後の審判を受けるのだぞということだ。
最後の審判では生前に善をなしたものは褒美を受けて、楽園に行けるのであるが、悪をなしたものには地獄に落とされる罰が下るということである。その罰についてはコーランの色々な章で陳べられている。過酷な火攻めに苦し悶える地獄で永遠に住むために蘇るのである。

復活から最後の審判に至る筋道は「第39章群れなす人々」の中で次のように述べられている。
嚠喨と喇叭が鳴り渡れば(復活の瞬間の描写)、天にあるものも地にあるものも、愕然として気を失う。アッラーの特別の思召しによる者以外は誰も彼も。次いでもう一度吹き鳴らされると、みな起き上がってあたりを見廻す。
大地は主の御光に皎々と照り輝き、帳簿(一切の人間の運命を記入した天の帳簿)が持ち出され、すべての預言者、あらゆる証人が入場して来て、公正な裁きが始まる。誰も不当な扱いを受けることはない。誰もが自分のしただけの報いをきちんと頂戴する。誰が何をして来たか。(アッラー)が一番よく御存知。

ここまで具体的に述べられていると、映像が浮かぶ感じである。この喇叭をふくのは天使の一人イスラーフィールである。復活した人間は生前の所業が記録された帳簿と証人によって裁かれる。誰も言い逃れはできない。それゆえ、生前の行為は重要になるわけである。

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