イマームザーデとは:Imamzadeh, امامزاده

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今日で8月も終わり明日からは9月というのに日本列島は猛暑が続いています。中東に、イスラム圏に目を向けると今はイスラム暦のムハッラム月です。しかも昨日は10日だったようです。ウィキペディアによると、ムハッラム月の10日目は「ヤウム・アル=アーシューラー(「10番目の日」の意)」ないし単に「アーシューラー」と呼ばれ、断食贖罪の日とされているが、この日はイマーム・フセインの殉教日でもあることから、とくにシーア派の信徒の間で熱心に宗教行事が行われている。このフサインの死を追悼する殉教祭をさして「ムハッラム」と言う場合もある。」と書かれています。つまり、スンナ派にしろシーア派にせよ重要な時期にあたるわけです。暑い時期にイランのアシュラの日には男たちが鎖で背中を打つ、あるいは胸を手の拳で叩きながら町を行進するわけですから、大変な苦行でしょう。

そんなことを考えながら、昔自分が写したパソコンの中の写真や動画を見ていました。そこで10年ほど前にイランのシーラーズを訪れた時に立ち寄ったイマームザーデの動画を見つけました。シーラーズにはもっと有名なイマームザーデがあるのですが、そこに祀られている人の甥っ子のイマームザーデです。それでも沢山の人が来ており、グループの人たちは記念写真を撮り、おしゃべりに夢中でした。若いカップルが座り込んでデートの最中というのもいました。壁は鏡のモザイクで覆われているので照明が反射して眩いほどきらびやかでした。もっと昔に訪れた時は静かで厳粛な雰囲気だったように思いますが、この時はそうではありませんでした。イマームザーデはモスクではありません。また、シーア派独特のものです。百科事典には次のように出ています。

「イスラム教シーア派のイマーム (教主) の子孫,および主としてイランに残る彼らをまつった寺院をいい,現在では後者の意味で用いられる。イマームザーデの称号はイマームの息子や孫にだけではなく,神聖さや高潔さにおいて卓越する者,殉教をとげた者にも付される。7世紀末から,アッバース朝カリフ,マームーンが第8代イマーム・レザー Riḍāを後継者に迎えた9世紀初めにかけてイマームの子孫たちがイランに多数移住した。イマーム・レザーの死後彼らは分散し,イラン全土に多くのイマームザーデやその子孫の墓,あるいは彼らの墓と信じられているものが見出される。これらの墓やその上に建てられた寺院が人々の崇敬の対象となり,巡礼の中心地となった。その規模はワクフを有するものから,巡礼者の捧げるものだけで維持されるものまで大小さまざまであるが,イランの民間の宗教生活に果した役割はきわめて大きい。出典 ブリタニカ国際大百科事典」

ここにかかれているように、イランの民間宗教生活に果たす役割云々とありますが、私の知る限りでは、日本人が行う「願をかける」というようなこともするらしいのです。地方の田舎にいっても何を祀っているのか分からないようなイマームザーデもあります。それは村の鎮守様のようなものに感じました。

シーラーズのイマームザーデの動画をユーチューブにアップしてみましたので、このページの冒頭にリンクを張りました。よろしかったらご覧ください。3分丁度の動画です。「いいね」を入れてもらえば嬉しいです。

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