アフガニスタン:国家の成立から共和国まで

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前に紹介した渡辺光一著『アフガニスタン 戦乱の現代史』岩波新書にはアフガニスタンでの国家の形成について、以下のように記している。つまりはアフガン人達は周辺の強国に挟まれた地域に居住しており、これらの国に支配されてきたのであった。アフガン人が自分たちの国を形成できたのは18世紀になってからということである。

多民族に長い間支配されてきたアフガンに初めてアフガン人の王朝が成立したのは18世紀になってからである。18世紀初頭までのアフガンは三つの強力なイスラム帝国の支配下にあった。三つとはアフガン以北に展開してきたトルコ系民族のアストラハン朝、アフガン以西のペルシャに展開してきたサファヴィー朝、そしてアフガン以東のインドに展開してきたムガル朝である。これらの大きな国が勢力を競い、アフガニスタンはそれらの境界地域にあって支配されてきたのだった。18世紀になると、アストラハン朝とサファヴィー朝が衰退し始め、ムガル朝もイギリスの進出などにより国運が傾き始めていた。こんな中で急速に勢力を伸ばしたのが、カンダハールを地盤とするギルザイ族と呼ばれるパシュトゥーン人であった。1722年、ギルザイ族がペルシャの都イスファハンに進攻し、その壮麗さと富の大きさから「世界の半分」と呼ばれた都はあっけなく陥落したのだった。一方でアフガン南西部には部族の異なるアブダリ族が急速に勢力を伸ばし、1747年にはギルザイ族を倒すまでになった。彼らはパシュトゥーン人の伝統に従って、部族長の一人アフマド・シャーが王に選出された。彼は都をカンダハールに定めドゥッラーニー朝を創設した。そして、25年の短い治世の大半を領土拡大に励んだという(1772年、50歳で死亡)。息子のティムール・シャーが王を継承し、都をカーブルに移した。
これ以後を年表形式で列記する:
1747年 ドゥッラーニー朝成立
1826年 ドースト・ムハンマド・カーンが政権を握り、ムハンマドザイ朝成立
1839~42 第一次アフガン戦争
1878~80 第二次アフガン戦争
1880 アブドゥル・ラーマン・カーン即位
1885年 ロシアがアフガンに進出
1887年 英露、アフガン国境協定
1893年 英領インドとの間にデュランド・ライン確定
1914年 第一次世界大戦勃発
1919年 第三次アフガン戦争、アフガン独立
1929年 タジク朝成立
ナディル・シャー即位(~33年暗殺)
1933年 ザヒル・シャー即位(~73年)  1939~45年第二次世界大戦
1953年 ムハンマド・ダウド首相就任
1963年 ザヒル・シャー、ダウド首相を更迭
1964年 第三次憲法施行
1965年 初の総選挙。人民民主党結成。
1969年 第二回総選挙
1973年 軍事クーデターで元首相ダウドが大統領に。ザヒル・シャーが伊に亡命。
王制廃止。アフガニスタン共和国成立。

 

 

“アフガニスタン:国家の成立から共和国まで” への1件の返信

  1. 数年来やっと探してた本を入手できました。
    ムルグイとミロスです。
    ロシア語から日本語ですが、民話はそのお国柄が自制に左右されなくわかるので日本との違いを感じます。

    以上

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