次に示す図は、毎度のことながら帝国書院『最新世界史図説タペストリー』126頁「イスラーム世界の変容」と題した図から拝借したものである。それまで一つに統一されていたイスラム世界であったものが、アッバース朝の時期に後ウマイヤ朝が西に樹立され、その後ファーティマ朝ができ、どんどん分裂していった。その辺りの歴史をこの図は地理的な位置も考慮し、日本の時代も併記して、非常に分かりやすく図化されたものである。
時代を下に追ってみると、イル・ハン国やチャガタイ・ハン国の名も見える。これらはいうまでもなくモンゴルの進出とともにできた国である。そのようなイスラム世界を征服したモンゴル人が建てた国までもがイスラム化していることに私は歴史の面白さを感じるのである。イスラムのすごさというか、影響力はなんだったのかと考えるのである。それらはまた各々の国について取り上げた時に改めて述べることにする。さらに時代を下げていくと、オスマン帝国が現れる。東のインドにはムガル帝国も現れる。
さて、問題は次回からのテーマをどうするかである。図のように乱立した諸国、諸王朝について細かく取り上げるのも面白いのである。図が示すようにアラブ系の王朝、イラン系の王朝、トルコ系の王朝、はたまたモンゴル系の王朝まで登場してくるのだから。ビザンツ帝国(東ローマ帝国)はこの図では埋没してしまっているが、オスマン軍に敗れるまでは存在している。
こうして書いているうちに、考えも定まってきた。ここまで拡大してきたイスラム世界に対して西欧キリスト教世界は脅威の念を抱くようになった。8世紀に始まるイベリア半島のイスラム支配に対してキリスト教徒の反撃の動きが11世紀から活発となり、国土回復運動につながっていった。また十字軍の遠征も11世紀末から始まっていった。次回からは中東・イスラム世界と異教勢力(キリスト教世界⇔イスラム世界⇔モンゴル軍)というような方向に進むことにしよう。